風化されて久しい言い回しだが、人生経験が人相へと反映し段々と自分の外貌を形作る為に、『大人は自分の顔に責任を持たなければならない』と云った格言も過去には存在していたらしい。
―鏡の自分へ問い掛ける。
<僕は僕の顔を形作る事が出来ているだろうか……?>
<僕は僕と言う実証を掴もうとしているだろうか……?>
<僕は僕と言う存在を世界へ証明出来るだろうか……?>
……兎も角僕は現在、シドから手渡されたVIP会員証を用いてクラブ『サイバー・ベルファーレ』の地下室で潜伏していた。本来なら、地下はヘッドギア内の個人情報データとVIP会員証に記録されたIDデータを照合させられた者のみ入室可能らしい。シドは事前に機転を利かせ、関連するVIP用ゲート機構をフリーパス仕様に変造させてくれていたのだった。
そして僕は、ここ数日間の逃亡生活から来る疲労を泥や垢と共に湯船で落とし、鋭気を養いつつ今後の戦略を練ろうとしていた。このクラブの地下階層では、一部電波遮断加工の認可された防壁区域が存在する。電波の混線から雑音が混入し業務上の演奏や音響が妨害されてしまう、と云った事態の予防を名目に政府から許可を受けているのだ。
その防音防壁処理が施され、最低限生活可能な様に流用された暗室で僕は過ごしていた。特別会員専用の地下室なので、何者かの不用意な侵入も心配無い。本来は音響設備室として設計された一室の為に聊か殺風景ではあるが、当分の間隠棲するには充分な環境だった。
勿論、安全圏だとしてもいずれは警察の手入れがここへも及ぶかも知れない……。しかし実際の所、僕はどちらでも構なかった。以前自身へ賭した誓いに懸けて、例え安住の地が存在した所でそこへ永遠の逃避を図る事は無いのだ。この潜伏先で構想と下準備が完了すれば長居する事も無い。近日中にでも、僕は外界へ何等かのテロを決行するだろう。
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