「何者かのデータベース侵入、ウィルスの発信に由る物です。現在はウィルス解析とワクチンの作成を、全体を挙げての急務としています。犯人の正体も調査中ですが、個人情報の痕跡は未だ特定出来ていません……。しかし……」
そう言い掛けると、利発そうな部下は次の言葉を濁した。言い淀む彼を前に、室長は二の句を継ぐ様に促す。
「他に何かあるのか?」
「―いえ、ここからは個人的憶測の範囲なのですが……。例の収束していない通り魔事件と、今回の障害には関連性が有るとしか思えないのです……。このインダーウェルトセインでは事件らしい事件等滅多に発生しません。ヘッドギアが全ての証拠記録になる事もあり、犯罪を行い難い社会なのは言う迄も無い。しかしここ最近通り魔事件発生以降から、不明瞭な異変が散発し始めている……。
これは通り魔事件の主犯であるエス本人の仕業か、その関係者か、影響を受けた何者かの手に由るものか……。兎も角例の通り魔事件が全ての発端になっている、そんな気がしてならないのです……」
*
報告を終えた部下が戦場の如き現場へと舞い戻って行った後、室長は独り思索に耽っていた。
(―確かに部下の私見通り、ここ最近の情勢を鑑みると各個が無関係の事件とは思えない。今回の端末接触障害の一件にしてもそうだ。現代に於いてはヘッドギアの映像記録がその侭証拠として転化される為に、犯罪の発生自体が皆無に近い……。単なる愉快犯が突如出現する可能性は極めて低いのだ。犯行に及ぶなら、誰しも相当の覚悟が必要な筈だ。何か信念めいた強固な動機が無い限り、まず事は起こせまい……。
時期からして、一連の事件は何かしらの因果関係に有ると言って良いだろう。これ等全てが逃亡中であるエス本人の仕業か、共謀者が存在するのか、エスに影響された信者の犯行なのか……。
兎も角少なくとも、件のエス本人を捕縛する事が出来れば実情の把握が可能な上、ここ最近の社会全体に満ちた不穏な空気感や波状的な犯罪は抑止出来るのではないか?)
―そしていつの間にか陽が傾き始めた頃、物思いに耽る室長を現実へ引き戻すかの様にヘッドギア内部へと電文が着信される。
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー