若し僕が社会から頽落した時、両親はどんな反応を見せるだろう? 僕の毎日の行き帰りに向けてくれる愛想も、冷淡な幻滅の横顔に変わるのだろうか……?
―例えば<恋人>―。
いつから、どんな経緯で交際する事になった? 友達からの紹介だったかも知れない。ともあれ、数年も経たない高校時代すら、脳内の記憶回路に幾重もの靄が掛かったかの様に不鮮明だ。ここ数年、僕はどんな想い出を積み重ねて来たと言うんだろう?
丸で教科書を模写したかの様な、上辺だけの付き合い方しかして来なかった気がする。
僕は彼女の何処に魅かれたのか? 否、そもそも本当に僕は彼女を愛していただろうか? その逆に、彼女は本当に僕を愛していただろうか? 自分の実在が影の様に薄らいでいる事へばかり気取られている僕が、本当に他人の心情迄気が回るだろうか? 自分自身が自己の希薄さに潜在的恐怖を感じ怯えているのに、彼女が僕のどこに特徴を覚え、理解し、時には魅力を感じてくれたと言うのか?
そう、今迄の人生を敢えて回顧する時。自分が接点を持った人間達と、果たして心からの交感が一度として在ったのか如何か……?
……解っている。
―僕は空っぽだ。何も無い器だ―。
そして他人も……。
生活空間の背景も、周囲の人間関係も、全てが虚構で仕組まれた舞台の様な非現実感。巨大な世界の流動と循環に、一人だけ取り残された様な孤独感。こんな風に意識ばかりが内省へと向かい、実生活では電池の切れ掛かった機械人形の如く無感情なのは何故なのだろう? 叡智と栄華を極めた先進都市で出生した僕達市民は、温室の様な社会教育の中で培養されて行く。
そこで、最近僕の脳裏で矢鱈と反芻される謳い文句が有る。観光客向けの都市刊行物に載る過賞な宣伝文や、街頭のスクリーンで豪奢に映発される案内映像から……。
【―万全たる教育制度、政治制度、社会福祉制度。そして最高水準を更新し続ける就学率、就職率、経済力。犯罪発生率も極少たる治安、最先端を推進する高度科学技術、環境保護も考慮しながら洗練させ利便性に富んだ都市空間……。世界の理想を体現する電脳未来都市、『インダーウェルトセイン』へようこそ!!―】
現代の社会政治上では、一般学生達は大学を卒業すれば殆ど自動的に就労先が決定される。それは当然の様に、本人の主意に副う訳も無い仕事を永久就職先として宛がわれるのだ。
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