14話 こちら、手の鳴る方へ
淡い光に包まれた八尋は、小鬼たちの前に姿を表した。その身には淡い緑色の光を蓄えた粒子と白く輝く粒子が纏わりついて、2つの力が仲良く彼を助けている。
その前で、哀れな獲物をあざ笑う13の小鬼たちは、松明を持つ1人を守るようにして扇状に展開した。
――人間じゃないなら、むしろ練習に最適だろ。
自分の周りに細かな風の塊をいくつか想像する。それは現実となって、八尋の周囲には目指できない小さな空気球が20ほど生まれた。
右手を振るうと、そちら側に漂っていた塊が全て、いたぶるように距離を縮めていた小鬼たちへと襲いかかる。
ギッ、ギグ、グエ。
散弾のごとく散らばった風の球に当たった小鬼たちから小さなうめき声が漏れた。頭に当たったものは仰け反り、上半身に当たったものは息をつまらせ、下半身に当たったものは足をすくわれる。だが、ほどなくして態勢を立て直すと、気色の悪い笑みは引っ込み、ただ怒りの表情を浮かべて八尋を睨みつけた。
|今《・》|ま《・》|で《・》|通《・》|り《・》逃げ惑うだけの獲物だとタカを括ってただけに、その反撃を受けて頭に血が登ったようだ。
だが八尋は怯むこと無く、今度は左手を振るう。残された空気の弾が再度小鬼たちに襲いかかった。
弾は目視できず、しかも薄暗いこの環境下では八尋の攻撃を回避するのは難しい。だがダメージの少なさを小鬼たちは解っているので、彼らはただ単純に散開した。10体の小鬼が一斉に八尋へと飛びかかる。
鋭く黒い爪が八尋の肌に届く前に、風の弾が小鬼たちを襲った。
空中にいた5匹がその衝撃に弾き飛ばされて後ろへと吹き飛ぶ。だが吹き飛んだ仲間の犠牲など気にすること無く、むしろその|敵《かたき》を打つかのごとく、賢くも地を駆けていた小鬼たちは八尋の元へ辿り着いた。
1体の小鬼が足を狙って腕を振るったと思えば、2体の小鬼が頭目掛けて飛びかかる。
「うっ」
八尋が落ち着いているのは、決して策があるからではない。むしろ考えなど何もなく、白い粒子の影響で現状を冷静に捉えているだけのこと。ゆえに成すすべなく攻撃を食らったのは自然なことだ。鋭い爪が彼の足に突き刺さり、その痛みに呻く。
その瞬間、時間の遅延が始まった。
ゆっくりと動き始めた世界の中で、八尋は咄嗟に目の前へと迫った小鬼2体の顔をなぎ払うように外から大きく右腕を叩きつける。ゴシャ、と生々しい音がして、八尋の右手にザラザラとした小鬼の肌を殴りつけた衝撃が走った。襲いかかってきた小鬼が顔面を歪ませ、軽くきりもみ回転しながら八尋の視界から消える。
目前に迫った脅威を退けた彼も、痛みを訴える左足に引かれるように体を倒していく。
傾く視界の中で少しの間動きを止めていた2匹の小鬼が動き出し、それを確認した八尋は自らの周囲に空気を集めた。
ただひたすら強くを願い、凄まじい嵐がショッピングモールの中に吹き荒れる。八尋へ攻撃を加えようとしていた小鬼たちも、最初に吹き飛ばされた小鬼たちも、等しくその四方八方から叩きつけるように襲い来る風に対抗するべく、腕で顔を覆って腰を落とした。
たった1体、八尋の左足に攻撃を加えた小鬼だけは、八尋の支配下に入り周囲を渦巻き始めた風の突進を受けて、声も漏らすこと無く壁へと叩きつけられ沈黙した。
受け身を取れず、左腕から地面へと着地した八尋は、その痛みに顔を歪ませる。
大きな隙になろうとも、そこを攻撃してくる者たちがいなければ大した問題ではない。小鬼たちが怯んでいる間に自身の状態を確かめるべく、八尋はすぐさま視線を自身の左足へと向けた。
見た目にはそこまで大きな怪我を負っているわけでは無さそうだ。真新しい制服のズボンに4つの大きな穴が開いているくらいで、ただ爪が食い込んだだけである様子。
「く……」
ほっと一息ついたのもつかの間、八尋の頭に鋭い痛みが走った。それを合図に吹き荒れていた風が勢いを落とし、脅威では無くなった小鬼たちが顔を上げ始める。
彼らがまず最初に視線を向けたのは、頭が潰れてそこから粒子を漏れ出させている仲間のほう。まさか信じられないといった驚愕の視線だった。
注目が戻ってくる前に、八尋は右足に力を振り絞って立ち上がった。
――とにかく逃げろ。
頭のなかはその一言で埋め尽くされている。
片足に怪我を負ったことで階段を登っている暇は無くなった。
ガンガンなる脳を叩き、最後の力を振り絞らんとばかりに力を引き出す。圧縮した空気で壁を作り、それで自分の体を押した。
グッと車が発進した時のような慣性の力を感じつつ、八尋の体は滑るように後ろへと進む。ショッピングモール内がゴチャゴチャしていることもあって速度を加減せねばならないが、少なくともただ走るよりは速いだろう。
音もなくその場を離れ始めた八尋を発見した小鬼たちは声を上げているものの、彼らの短い足では追いつくことはできなさそうだ。次第に八尋の体から漏れ出してくる粒子が減っていく事も手助けして、それほど経たず小鬼たちの声が聴こえることは無くなった。
だが、まさか通路のど真ん中で痛みに呻いているわけにもいかず、半分ほどフェンスが降りている店へ滑り込むと、そこに置かれていたツインベッドの陰へと体を滑り込ませた。
「はぁ……はぁ……」
背中をふんわりとしたベッドに預け、八尋は少しだけ休憩することにした。