1 水音
ニスタは足を止めた。水音は、尚も近付いてくる。
「いい音だなぁ?!」
振り向きざま、振り下ろされた刃の先から、何かが飛び出した。……ニスタの身体に浮かぶものと同じ、顔だ。憤怒の表情を浮かべた顔が蠢きながら、ずるずると彼の元へと這い寄ってくる。
「ふ……ふふ……はははははっ! てめぇもかぁ!」
言うなり、跳んだ。石壁を蹴り、飛び上がりざまに振り向く、斬り下ろす。顔は斬りつけられた部位から真っ二つに裂け、飛び散った。
ニスタは骨の足底で顔の右半分を踏みつける。ぐじゅ、と濡れた音が響く。もう、顔は動かなかった。
パチ、パチ、パチとまばらな拍手の音がして、ニスタは振り返った。
「おみごとおみごと。いやあ、見惚れちゃうね」
年端も行かぬ少女が、いつの間にか背後に立っていた。漆黒のローブの裾に、S字型のマークが三つ重なったような蛇の紋様があしらわれている。ニスタはその紋章を見、大剣の柄を握る手に力を込めてニヤリと笑った。
「研究所のヤツ自らご挨拶かぁ? サヨウナラ」
「ああ、ちょっと待った」
打ち付けられた大剣をひょいとかわして、少女は首を竦めてみせた。
「僕はもう研究所の職員じゃない。なりはこうだけどね」
ニスタは少女の言葉など聞こえていないかのように、次々と斬撃を繰り出す。少女は一撃一撃を静かに見切ってかわしながら、言葉を続ける。
「君に言葉が届いていようがいなかろうが、これだけは伝えさせてもらうよ。君が殺すべき敵は、西大通りの外れ……路地の奥にいる」
「敵……殺すべき敵ぃ?」
「それとも、君にとっては視界に入ったものは全て標的かい? 節操のないことだね」
少女はカラカラと笑って、路地裏の奥へ向かって走り出した。タン、とニスタは地を蹴り、先回りをするように飛び出す。
「逃げ道は作らせねぇ……そう知ってるだろぉ?」
「逃げる必要もないさ。西だ。君の行くべき場所は」
ニスタが大剣を振り抜いた時、少女の姿はなかった。乾いた銃声らしい音がひとつ上がった。辺りを見回しても、その場には薄い煙が一筋昇るばかりだ。微かな薬莢の臭いが残っていた。