2 頭蓋
「西……西か」
鼻の横を掻いて、ニスタは低くくぐもったような笑い声をたてた。
「面白くない話だ……実に面白くない!!」
笑い声とは裏腹に、その声は怒気を含んでいる。笑いながら猛る……その声を聞いたほとんどの者は、本能的な恐怖に身が震えるのを感じるだろう。
そして、裏路地には二人、ニスタの猛りを聞いてしまった不運な男たちがいた。彼らは新米の警官だ。近所の住民からの通報を受けて駆けつけたものの、彼らの足は地面に縫い付けられたように重く、動こうとしてくれない。
そうする間にも、あの足音は近付いてくる。暗がりの中から、人影がぬっと姿を現す。
「ははあん、聞いちまったな? ……聞いちまったな!?」
闇から現れたニスタの左手が、骨の装甲で覆われた腕先から覗く僅かな指先が、二人の男を差す。息を飲むように軽い悲鳴を上げた一人の警官はへたり込んで後ろ手をつき、這うように逃げる。もう一人の警官は、ニスタから目が離せないといったふうに、愕然と目を見開いている。
「ニスタ……ぼっちゃま……?」
その言葉を最後に、路地裏から言葉は消えた。代わりに、断末魔と肉の裂ける音が木霊した。周囲の住民は震え上がり、声を潜めて通報を繰り返した。しかし、十数分後に到着した警官は、僅かな肉体の残る肉片の寄せ集めしか見つけることができなかった。頭蓋骨はひとつしか見つからなかった。
「なあんで俺のことを知ってんだ?」
夜の中央大通りを横断しながら、腕の中にある首にニスタは問いかける。その顔は恐怖に染まり、口だけが引き攣ったように愉悦を浮かべている。ニスタは自身を見つめ返す、見開かれた目を覗き込んだ。眼球の奥には、何も見えない。
「まいいか」
ひとり納得するように小さく頷くと、近くの歌壇の端に首を置いた。向かうのは、西の大通りだ。遠くで慌ただしそうな複数の足音が聞こえた。近くの路地からは、投げ捨てられたゴミの腐敗臭と、何かを引きずるような水音が聞こえてくる。