3 追憶
王城にほど近い大通りから、花のアーチを一つくぐった先の道の両脇に、名の知れた貴族や大富豪商人たちの屋敷が建ち並ぶ一角がある。
今から約三年前、ニスタはその中の一つの屋敷に住まう、とある富豪の一人息子だった。剣の稽古や乗馬の時間の合間に少しでも時間があれば庭園の花の手入れをし、美しい花々に囲まれてひと時の休息を取る。父の趣味で集められた猫や犬と戯れ、乗馬の前後の時間では馬たちと触れ合い……そんな、心優しい青年だった。
だからこそ、つけ込まれてしまったのかもしれない。あの日、父に連れられ馬車に乗って隣町へと向かっていたニスタを襲ったのは、ただの盗賊団ではなかった。横転した馬車から這い出したニスタが見たものは、護衛の屈強な兵士たちはことごとく打ち倒され、その場に立っていたのは赤髪の女ただ一人だった。
「ち……父上?」
父の姿は辺りに見当たらず、不安げに辺りを見回すニスタの首筋にサーベルがあてられる。
「死にたくなければついてこい」
赤髪に引き立てられるまま、目隠しをされて連れてこられたのは廃工場のような場所だった。張り巡らされた管の中には掌ほどの大きさの『顔』が無数に浮いていて、ニスタは初めて見るその化け物の姿に鳥肌を立てた。
「少しでも妙な真似をしてみろ、お前もああしてやる」
そうしてニスタは……その組織によって肉体を改造されていった。身体中を切り刻まれ、身体能力を向上させるための装甲を嵌められ……そして、あの生物を……宿主を求めて彷徨う、寄生型の『顔』を……身体に埋め込まれたのだ。
一生分を優に超えるほどの叫び声を上げ、涙を流した。次第に、感情は枯れ果てた。尽きた後に残ったのは、ニスタの思考を掻き乱す『顔』の思考、思想、猛り……。気がつけば、ニスタの感情を、思考回路を、顔たちの怒りが、残虐なまでの暴力性が、支配していた。
最早、花を愛で、生き物たちを愛したニスタはどこにも残っていなかった。
その夜、廃工場は跡形もなく崩れ去った。ニスタのリミッターが切れた瞬間だった。生体兵器として開発中だった大剣を軽々と操り、生き物という生き物を、装置を、破壊の限りを尽くして葬り去った。
逃げ出した『顔』たちは国中に散った。その夜から、王都の路地裏から、水音が聞こえるようになったのだった。