6 肉と水
廃工場の入り口で事の顛末を見守っていた研究員の男は、駆け寄ってくるニスタの姿を見留めた瞬間に身を縮こまらせた。それが功を奏した。大剣で一薙ぎに壊された扉は男の頭上すれすれを刃とともに凶器となって飛び散った。
工場の入り口は、机などでバリケードが設置されていたが、いとも容易く一振りで壊されてしまった。
「壊す、壊す、壊す、壊す、壊す!!!!」
次第に語気の強まっていくニスタの言葉は、聞くものにこの世ならざる狂気を感じさせる。バリケードの奥から覗き込んでいた女が悲鳴をあげると同時に、殺戮の幕はあがった。
薙ぐ。斬る。叩き潰す。大剣の重量と遠心力を用いた常人ならざる力の前に、人も機械も、無力だった。
「俺の殺すべきやつは誰だ? お前か? お前か!?」
ニスタの狂った笑いと、阿鼻叫喚が昼下がりの路地裏に木霊した。
……数十分後、死屍累々、遺体の転がる廃工場の跡地に、ニスタは座っていた。ニスタの目の前に倒れている屍は、剥き出しにされた筋肉と骨は、その四肢が生きているうちに引き裂かれたようにもげたことを見る者に伝えるだろう。
「ち……あの女どこへ……」
遺体の膨れ上がった頬を片手で掴んでよくよく眺めていたニスタは、ふと、顔をしかめた。ぽつ、と雨が降り始めたのだ。雨は数分も経たないうちに、土砂降りの雨へと変わるだろう。この国ではこの時期、こうした大雨が降ることは珍しくない。
「く……」
水に反応して、身体がギシと痛む。顔という顔が悶え苦しむように蠢く。その感覚がまた、ニスタの精神を痛めつける。
どこか、水のないところへ。本能が叫ぶ。だが、辺りには身を隠せる場所など……。
「…………」
ひとつだけ、あった。工場の裏手にある、下水道の入り口だ。とはいえ、下水道の水も、ニスタのむき出しの筋肉と『災厄の顔』を蝕むだろう。
ニスタは逡巡することもなく、下水道を選んだ。梯子を伝って下水道に身を隠せば、頭上でザアアアア……と一気に雨の降り出した音がした。
「煩ぇ……」
下水道は、簡単に舗装された通路が伸びていて、濡れずに歩くことができそうだった。だが、しばらくすればこの下水道の水かさも増すだろう。通路にまで水が溢れてくるであろうことは、想像に難くない。
今のうちに、移動しなければ。ニスタは本能に突き動かされるまま、下水に逆らうようにして歩き出した。
その通路の先に、下水道には似つかわしくないランプが灯っていた。