7 血と筋
ランプの光に虫が吸い寄せられるように、ニスタはその灯りのもとに辿り着いた。ランプの灯る壁には、厳重そうな扉が付いていた。
「臭うなぁ……殺すべきやつの臭いが、染み込んでるなぁ……!!」
顔という顔が疼くのは、かさの増した水が足元を流れ始めたからだけではない。微かに、あの女の気配をどこかで感じ取っているからだ。
「あああああああああああ!!!!」
ひとつ哮り、その大剣を横に振り切った。扉はその重い一撃を、容易く受け止めた。
ニスタがもう一撃と腕を振り上げた時、
「乱暴をするな」
と……嗜めるような男の声が響いた。扉をローブを着、フードを深くかぶった男が開けていた。
「ニスタ。……来なさい」
男はニスタの名を呼び、踵を返して扉の奥へと入っていった。
扉の続く先は、研究所の中だった。ニスタの鼓動が高鳴る。殺せ……壊せ……と顔の思考が流れ込んでくる。
研究所。その中の作りは、かつてニスタが人体改造を受けた廃工場とよく似ていた。
無数の管。浮かぶ顔。爪が己の手に食い込まんばかりに固く拳を握りしめ、ニスタは男の後をついていった。
「苦しいか?」「辛いか?」「憎いだろう」……男は誰にともなく言葉を浮かべながら、最奥部にある机の前までニスタを導いた。
「ご苦労」
机の前の回転椅子に座っていたのは、あの少女だった。
「自力で見つけられたみたいだね。流石は災厄の男。状況を悪い方に転がす運にだけは長けているね」
少女は立ち上がり、ニスタの前へとやってくる。
「そろそろフードを外したまえよ」
「はっ……」
少女に言われるがまま、男がフードを外した。ニスタの表情に、驚愕が貼付けられる。
「父……上」
フードの下から現れたのは、父親の顔だった。だが、その顔にも首にも、ニスタと同じような縫い跡が無数につけられていた。
「ニスタ……お前にどれほど言葉が届くかは分からないが……聞いて欲しい」
父はニスタに背を向けると、ローブの襟ぐりを広く開けた。剥き出しになる父の背は、筋肉が剥き出しになっており……その中心には、寄生した災厄の顔が張り付いていた。
「私もお前と同じだ……この顔を埋め込まれて、久しい。だが、三つの顔を埋め込まれたお前の方が、苦しかっただろう」
父はニスタに手を差し伸べようとした。刹那、その眼前を刃が薙いだ。
「その手をこっちにこれ以上向けるなら、叩っ斬る」
ニスタの表情は、苦悶に歪められていた。
「ああ、充分だ。今、私の腕を切り落とさなかったというだけで、充分だ」
「ああん……?」
「お前には、まだ自我が残っている」
父は言い切る。
「性格や嗜好こそ捩じ曲げられても、その記憶、自我までは歪みきっていない! そうだろう?」
勢い良く研究所の扉が開かれる音がした。……赤髪の女が、立っていた。
「そうか……そう言うことか、カプリス!!」
カプリスと呼ばれた少女は、赤髪の女の睨めるような視線に怖じることなく、唇を歪めた。
「我らの研究に手を貸し、あの男を連れてくるまではよく働いてくれた……だが、その実、この男と通じていたんだ、そうだろう!?」
「その通りだよ、ルイーザ。だけれど、私たちの思惑は彼には関係ない」
カプリスはニスタを一瞥した。
「彼の思考回路は、君の思惑から大きく外れて、どう動くか分からないところにあるのだからね」
ニスタは大剣を肩に担いだまま、父親と、赤髪の女と、カプリスとを見比べていた。
「……で、どいつが最初に死にてぇんだ? ちゃんと殺すぞ?」
カプリスが赤髪の女を制するように、言葉を被せた。
「お前が殺すべきは人じゃない。……この研究そのものを破壊する他はない」
なおもカプリスは捲し立てるように言葉を続ける。
「お前と父親の運命を狂わせた『顔』の研究を、この研究所を破壊すれば潰えさせることができる。お前に自我が残っているのなら、壊したいと願うだろう? 違うかな?」
「ふん、あの顔を埋め込まれて自我を持つものなど」
キン、と女の剣とニスタの大剣が打ち合った。
「ほら見ろ、こいつには自我と呼べるほどの判断能力は残っていまい! 研究そのものを潰えさせたいのなら、書物でも破っていればいいものを!」
女の笑い声を合図に、ニスタは戦闘態勢に突入した。