狂い逝く世界

 旧市街へ入る道すがら、警察の検問がいくつもあった。
 そもそも旧市街に向かうような物好きは少ないが、ちょっとした人だかりができている。
 かなり綿密な検問と交通規制。
 人ひとりどころか、蟻の一匹だって通さないような圧がある。
 それまで解放されていた裏道にも、海岸の近くも、島中の警官が所狭しと旧市街を囲んでいた。
「クソっ!」
 もはや何に怒っているのかさえわからない。
 分からないが、あの男へと向けているのは正しい感情のはずだ。
 人を殺した。これからの自由を、人生を奪った。
 だからこそ、倒さねばならない。倒して、そうして謝らせなきゃ、何も良い方向になんて進みはしない。
「退け、どいてくれッ!」
 人ごみをかき分けて、前に進む。
 こんな意味もないことにもみくちゃにされる気分に、怒りをぶちまけそうになる。
 なんのためにここへ来たのか。
 それだけが、頭の中を何度も何度も駆け巡った。
 視界が開けた先。そこには、良く見知った顔を見つける。
 警察を指揮する陣頭、そこにいる人物を見間違えるというはずはない。
「お、親父!?」
 まさか声が届いたと思えるほどの距離ではなかったが、親父はわずかにこちらへと視線を向けた。
 わずかな時間が静止する。
 息を飲むほどの威圧感に、空気さえも凍り付いたような感覚を味わう。

『既定の時間を経過した。もはや相手が子供であろうと容赦はするな!総員、突撃せよ!』

 口火と共に、それまで充満していた重苦しい空気が爆発する。
 盾で武装した警官が押し入り、間もなく声が飛び交う。
 それが観衆の声であったのか、それとも警官の声なのかはわからない。
 気づいた時には、オレは検問をしていた警官の脇を抜けて、親父の前に立ちはだかっていた。
「……この場は立ち入り禁止だ。まだ貴様はつまらんごっこ遊びをやめていないのか」
 突き刺すような私情を交えない声に、思わずオレも身を引きそうになる。
 いや、ここで退くべきだった。
 その意に反して、オレの口は、心は。ただ不愉快なまでの衝動に突き動かされていた。
「ごっこ遊び、だと!?」
「その通りだ。子供は夢を求め、そして追いかけるのは当たり前だ。だがそこに責任は伴わない。責任がないというなら、それは『ごっこ』というべきだ」
「責任くらいは取ってる!こっちは守るもんを守るために来てるんだ、それ以上も以下も関係ねぇだろ!?」
 まるでわかっていない、とでも言うように、親父は露骨な溜息を吐き出す。
「ではたった今、お前が行っていることに対して責任を取らせればどうなる?」
 それは簡単なことだ、と、親父は冷めた口調のまま語る。
「公務執行妨害、それがたった今のお前に問われる責任だ。それを取らないのは、お前があくまで未成年だからだ」
「なに!?」
 こちらの想いを逆なでするような言い回しに、親父とはいえ苛立ちを覚える。
 この男は、あの男が持っている『異質な力』のことを知りもしない。
 このまま警察に解決を任せれば、それはただ犠牲ばかりを増やすだけだ。
「わかったなら、さっさと出ていけ。いくらお前が私の息子であろうと、邪魔ばかりするな」
「邪魔だと……!?こっちはお前のためにやってるんだ!それは、正義のはずだろう!」
 その言葉を吐き捨てたとたん、視界が弾けた。
 何が起きたのか。と考えるよりも、目の前に広がっている空に疑問を覚える。
 さっきまで、親父がいたはずだ。
 ぐっ、と何かに胸倉をつかまれ、視線が戻る。
 そうしてようやく、自分がはたかれて地面を転がったという事実を知った。
「正義、といったな?なるほど、それならば情状酌量と言ってやろう。だがな、我々警察の正義は『法の下』に存在する!そこに私情も、貴様の信じる自儘な正義も存在しない!ただ力を振るうだけであるなら獣と変わらぬ!真に正義を願うのであれば、我儘という自覚を持て!!」
 ……。
 …………。
 ほとんど無気力になった海斗を届けた後、作戦の終了を言い渡す。
 この大規模作戦も、言ってしまえば単なる陽動に過ぎない。
 表向きは被疑者の確保。しかし、その実は保護と今後の状況整理にある。
 相手の『埒外からの一手』にこれまでは苦戦を強いられたが、これ以上は後手に回るという愚行は犯さない。
「榊警視正、宜しいのですか……?」
「構わん。あの増上慢が久しく顔を見せたと思えば、想い人を泣かせてまで走ってきたのだからな」
 子と言うのは、自分が思うほどに強くはない。
 そもそも人という種が強くできていないのだ。だが、だからこそ失ってはいけないものがある。
 ――今頃、剛健のヤツも上手くいっていることだろう。
「しかし、私は子供にあんな言葉を送ることはできませんよ……どうしたって可愛いもので、甘えてしまうんです」
「それ自体は分からなくはない。私だって、あのバカを嫌ったことはない」
 では、なぜか。
 そんなもの、嫌いではないからに決まっている。
 あれはオレの息子であって、忘れ形見なのだから。
「この事件、これ以上の被害を出さないように全力を尽くしましょう」
「ああ。言われずとも」
 もうすぐ、陽も沈む。

「おや。おやおや。これはどうして、多大な数がお集まりですねぇ?」

 誰だ、と隣に控えていた巡査が構えた途端、耳元で何かが破裂した音が響く。
「あ、ああああ゛あ゛ぁぁッ!!?」
 燃えている。
 否、まるで身体から炎を放つよう。
 咄嗟に退き、正体不明の相手を睨みつける。
「貴様、何者だ……!?」
「おや。おやぁ?おかしいですねぇ、貴方も神の腕へと誘われたはずなのに、未だに救済されていないとは」
 陶酔しきった男の声。年の頃は四十か、五十か。
 釣り出た瞳は深海魚を思わせ、やけに高い体躯と掘りの深い顔を見れば、日本人でないことは一目瞭然だった。
「お前が焼死体を作った犯人か」
 怒りで今すぐにでも飛び出したいところだったが、あくまで堪える。
 シンメトリと呼称されている異能を事もなげに扱っている以上、不用意に近接することは好ましくない。
「死体……?ああ、これは失敬。あれは死んだのではなく、解放したのですよ」
「解放、だと?」
「いかにも。生者と言うものは死という苦しみからは逃れられず、抗い苦しみます。然らば、私がその苦しみから解き放つべく、神の御手を振るうのです」
 なるほど。
 この男は、どうやら殺人という行為そのものを『異能』という常識外の権能で『神の力』と僭称しているようだ。
 握っていた拳に、自然と力がこもる。
 そんなもののために、何人もの無辜の人々を傷つけた!?
「我が名はアルザック・フロスト。ヨハネの洗礼名を受けた、神の遣いである!!」
 混乱する警官に指揮を飛ばし、退かせる。
 この場は、オレ一人で十分だ。

blackletter
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