世界へと仇なす者
こんなところにいても、私じゃただの足手まといにしかならなかった。
いくらアイツの力を相殺できるとは言っても、その手数と技巧には手も届かない。
無限にも近しいほどの時間を生き長らえてきた怪物、それこそが私達の敵だ。
「流石に、創世の時代を相手取るには、キミにも荷が重いように見えるな?」
そんな不安を煽る言葉に、じわりじわりと余裕が削られてしまう。
ほんの少しでも揺らげば、いつ崩れるとも知れない。
彼にただ迷惑をかけてしまうのが嫌で、けれどなにも出来ずにいる自分の負担まで背負わせてしまっていた。
「肩慣らしをしているだけだ。そう不利というワケでもない」
見え透いた嘘でも、そんな怜雄の強がりにすがることしかできないでいる。
時間遡行による物体の召喚。いくら原理的に可能とは言っても、まさか隕石を自在に呼び出されては防戦一方だ。
そして質の悪いことに、呼ばれてしまった物質に干渉すれば『結果』が早まるばかり。
召喚を引き起こしている時間遡行への相殺が出来なければ、アイツの攻撃手段を潰すことすらままならない。
「じゃあ、こういう遊びはどうだろう?」
パチン、と大仰に指を鳴らした途端、四方八方から私へと炎熱が降り注ぐ。
呆然と見上げたまま、私はようやく足すら動かせないことに気づいた。避けられない。
――……。
「はは。ほらほら、お姫様はちゃんと守らなきゃあ、殺されちゃうぞ?」
キーンと響く耳鳴りより、嫌らしい声が耳にこびりつく。
恐る恐る、目を開ける。
「……え」
「とりあえず、無事のようで安心した」
目の前に立つ怜雄は、いつもと変わらない表情のままだった。
そんな無意識の優しさが、今だけはどうしようもないほど辛いものになる。
だから、ぐちゃぐちゃとした頭が弱音を吐こうとする。
「いつだったか、お前はオレに言ったな」
「なに」
「自分で自分にしかできないことをしろ。そうやって誰かを支えてみろ」
「……言った覚え、ないんだけど」
励まされているんだって、わかる。
そんなことにさえむしゃくしゃしている自分にむしゃくしゃして、ワケわかんなくなる。
だから考えない。
ワケのわからないことは考えないで、意味のあることを考える。
「アタシはさ、結局この場に立っても覚悟できないでいたんだ」
そうして考えてみて、気づいてしまう。
実に単純なことに気づいてしまって、たったそれだけのことがどうしようもなく怖かった。
「殺す。殺すよ。私も、お前を」
能力にはリソースがある。
技能と言うのは、あくまでそのリソースを工夫して使うためのものでしかない。
なら、そのリソースを手早く奪えるのならどうすれば良いのか?
そんなこと、簡単だった。
アイツの時間を一気に『死ぬ』状態まで加速させてやればいいだけのことだった。
「くはッ」
もはや嘲笑とも哄笑ともつかぬ失笑を漏らして、敵はようやく距離を離す。
でも、私の能力は彼の時間を奪い続ける。
それが等速にまで引き伸ばされているのだとすれば、それはつまり、リソースが存在しないということ。
シンメトリは均衡する。それは、紛れもないこの世界のルールなのだ。
「アタシだって、一緒に戦うって約束したんだッ!」
全てをたった一人に背負わせないために、ここまできた。
彼と出会うことがなければ、アタシは今もきっと、あの生活に何の不満も抱かなかっただろうから。
「わかったか、成り損ない。これが、人間の持つ可能性だ」
流星が墜ちる。
それは、人の願いを背負って夜の海を駆ける。不確かながらも途絶えることのない光だ。
「さらばだ、アダム」
斯くして。
原初の不死は、永劫の闇へとその姿を掻き消される。
知恵の実を喰らった人は、そうして楽園から追放されたのだ。
地を歩くという不安を。神さえも仇なすその知恵と勇気を畏怖されて。
「こうして終わってみれば、呆気ないものだ」
夜が明ける。
この世界に訪れるのは、きっとわずかな平穏だけだ。
けれど。
今この時ばかりは、この平穏は絶対に揺らぐことはないだろう。
「ありがとう、汐音」
――。
ゆっくり、その華奢な体を丁寧に抱き寄せる。
押せば壊れてしまいそうな細さと、確かな人肌の柔らかさ。
オレは、良い共犯者に恵まれた。