正体不明との邂逅

 昼には授業を抜け出して旧市街に出向いていた。
 あの女が気になる、なんてことではない。
 奈留が気にしているから来てやった、それだけだ。
 いつまで経っても、ここは変わらない。
 観光開発だとかでじゃかじゃか作ってじゃかじゃか壊れて。
 そうした結果として残ったのが取り壊すことに金のかかるこの景観だったそうだ。
 人も住まず、観光客も寄り付かず。
 気づけば文字通りのゴーストタウンになり果てているのだから、時間の流れと言うのはなかなか面白い。
「おーい茜、いないのか?」
 そんな旧市街と新市街の境目で、目的の人物に呼び掛けてみる。
 当然、反応なんかない。
 というか、生き物が旧市街にいるのかどうかさえ怪しい。
 が……いつまでもここでただ突っ立っているのは気が収まらない。
 表向きは立ち入り禁止となっている旧市街とはいえ、警備の届かない出入口はごまんとある。
 おかげで目立つ車が出入りすることなんてできないワケだ。
「ま、ともかく急がないとな。次の授業までに間に合えば、奈留からのお咎めも少ないだろ」
 気分を切り替え、旧市街へと踏み出す。
 とはいえ、目的地なんてない。
 かといって適当に探し回ったところで、人を見つけるという芸当は不可能に近いだろう。
 海に沿って建てられている旧市街は見た目よりも広い。
 そのせいで行き違いになるくらいなら、いっそ帰った方が得策ともいえる。
 ただ、オレはちょっとばかし鼻が利く。
 頼りがいのない直感だが、これが意外にも当たってしまうことが多い。
 そんなワケで。
 海をぼんやりと眺めつつ、気ままに歩く。
 こんな場所、どうして作ったのか。
 オレは経済だとか政治だとかに詳しくはない。
 だが、こんな広大な土地を捨てる理由になるのかといわれれば疑問がある。
 いくら老朽化の進行が酷いとはいえ、一日や二日で建物が倒れるなんてことはないはずだ。
 まぁ、偉いヤツってのが何を考えているのかは知らないし知りたくもない。
 瓦礫と瓦礫の間を通り抜け、コンクリートうず高く積まれた砂の上を歩く。
 風の音と自分の足音以外、何一つとして物音はない。
「いっそ不気味なくらいの静けさだな」
 それこそ何かがいてもおかしくはないはずだが……。
 なんてことを考えていると、何やら人影のようなものが見えた。
 やけに真っ白なその正体不明を見極めるべく目を凝らす。
 いったいどこの宇宙からやってきたのか、全身を覆うような白いスーツとヘルメットをまとった人物だった。
 いや、まあ。
 どう見たってマトモな人種ではない。
 この島は一年を通して夏場しか季節がないようなところだ。
 そんな常夏の島であんなにも重装備をするような物好きはいない。
『……ツェー、シンメトリ確認』
 やけに機械的で人間味のない平坦な声がこちらにまで届く。
 謎の言葉をつぶやいた途端、急に立ち止まった。
 ――今すぐ逃げろ。
 異変を察知するよりも早く、オレは踵を返して走り始めていた。
 逃げる。逃げる。逃げる?
 なぜ?どうして……!
 もはや自分自身にも理解不能な恐怖が足を強引に前へ前へと進めていく。
 これでも足は鍛えている。
 少なくとも、これで撒いたはず、
『対象の追跡を開始、目標確保のため、鎮圧を執行』
 っ!?
 驚愕に息を飲むよりも早く、右へ全力で飛び退く。
 めしり、という不快な音が脳の奥で響いたような気さえした。
 だが、どうにか間一髪で初撃を避けることはできたらしい。
 ……もしその場に残っていれば、あのコンクリートと同じように頭を砕かれていただろうが。
「おいおいおいおい……!」
 構える間など、相手が与えてくれるはずもない。
 あまりの唐突な非現実に対応が遅れるオレに、白い男は容赦のない蹴りを見舞ってくる。
 グギっ、という骨の髄にまで足先がめり込むような感触に無駄な思考がクリアされていく。
 痛い痛い痛いっ!!?
 強引に引きはがし、どうにか距離を取る。
 が、間合いなんてあるようでない。
 理解不能なほどの速度。あきらかに人間離れした破壊力。
 そんな圧倒的な相手に、オレはどうにかして生き残る術を考えなくちゃならない。
 思考と試行がリンクしていく。頭の理解と拳の先が一体化するような感覚。
 身体は動く。こちらの攻撃が通じるかどうかなど二の次、このまま相手に攻めを譲っていればジリ貧だ。
「ふぅ、しッ!!」
 極限にまで短距離を詰め、呼気までこめた直突きが鳩尾に刺さる。
 だが、嫌な予想というのはあたってしまうもので、動きが鈍るなんて生易しいことは起こらない。
 すぐさま襲ってきた拳をどうにかいなし、同じように距離を取る。
 たった一度の攻防。だが、額や背中から流れる汗は凍えてしまうほどに冷たい。
 なんなんだ、コイツ……。
 わけもわからない現状を理解することを諦めて、どうにか対応できる距離を保つ。
 一瞬でも油断すれば、間違いなく負ける。そんな確信が鉛のように胃のあたりを重くする。
『……?近い距離に別のシンメトリを確認……交戦を離脱します』
 そんな言葉を残したかと思いきや、最初から何もなかったようにそいつは廃ビルの中へと姿を消した。
 夢、だったのか?
 そう疑いたくなるほど、たった今起こったことを現実だと理解することに時間がかかりそうだった。

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