始動する運命

 喫茶店について席を取り、待つということのほどはなく目的の人物はやってきた。
「一応、アタシから紹介するよ、彼女は五十嵐汐音。ま、別のクラスの同級生だ」
 紹介されてやってきた少女は、見たことのない少女だった。
 凛と伸ばされた背は奈留と同じほどだが、細身のせいかまとっている雰囲気が違う。
 それはナイフがまとう美しさと靭さに似ていた。
 切れ長の瞳は翡翠の色を携え、藍色の混じった濡れ羽色の髪にはメッシュが入り、そのコントラストが印象に残る。
「どうも」
 話すのが億劫なのか、寡黙なのか。
 どちらとも取れるような熱のない声と所作は、どこか研ぎ澄まされているように見えた。
「こっちが奈留で、そこの小さいヤツが海斗ってんだ。他に話すことは?」
「……私は特に問題ないわ」
 事あるごとに一輝の言葉に棘が宿るが、いちいち反応していてはこちらが持たない。
 気を取り直して居住まいを正し、汐音の方へ向き直る。
 こちらを見つめている視線を注意深く観察してみると、こちらを映してはいなかった。
 なんとなく、誰かに雰囲気が似ている。
 そんな気がして少し考えてみるが、思い当たる人物はいない。
「それで、アタシが受けた依頼……というか頼み事の内容は、人探しだった」
 予想していたこととは言え、なぜだが酷く空しい思いがした。
 ミイラ取りがミイラになるようなものだ。
 一輝は人を探し。オレは一輝を探すという目的で動く。
 そうなれば、やはり行き違いになるのも無理はないというものだろう。
「旧市街にいるはずだ……って言われて探してたんだが、アタシが出会ったのは一人だけだ」
 それで?と、こちらに質問が向けられる。
 どうしてここに呼ばれたのか、その意味がなんとなく分かった気がした。
「オレは二人……だな。それ以外には何も」
 あの白い男と出会ったことを思い出し、喉が酷く干上がった気がした。
 それを悟られないよう、頼んでおいたアイスティーを強引に嚥下する。
「出会った人物の、具体的な容姿を教えて欲しい」
 …………。
 こちらの無言をどう感じたのかはわからないが、問い詰めるような空気はない。
 それなら、と言葉を発したのは一輝だ。
「アタシが会ったのは、紅い髪をした大柄の男の人で、ケガをしてたよ」
 赤い髪の、という言葉に汐音がわずかに驚きを示した。
 それは一輝も感じ取ったのか、絞りだすように考え込む。
「ここが宮島だってのは知ってたみたいだけど、旧市街のことを知らないって言ってたな。アタシが覚えてるのはそれくらいだ」
 そう、とうわごとのようにつぶやく汐音は、思いつめた表情で胸を押さえつける。
 先程までとは違う、あまりに活き活きとした表情のありように、思わず惹かれてしまった。
「オレも紅い髪をしたヤツには会ったが、ケガはしてなかったように見えたな」
 オレの言葉に眉根を寄せたのは一輝だ。
 見間違いじゃないのか?という視線に、オレは動じない。
「……ケガの具合にもよるけど、そんな短時間の間で自然治癒したなんて、少し考えにくいわね」
「でも、彼なら、あるいは可能だと考えます」
 確信をもって言葉を発したのは、他ならぬ汐音だった。
 全員の視線が、そちらに集まる。
 もったいぶるように紅茶を啜るが、話す順を考えていたのかも知れない。
「皆さんは、ウソのような本当の話と、本当のようなウソ、どちらがお好きですか」
「それはつまり、荒唐無稽な話ってこと?」
「ええ、その通りですよ美海奈留さん。私の話の、その大半をフィクションと考えてくれて結構です」
 そうして取り留めもなく、汐音は語り始める。
 その内容をオレなりに要約するとこうだ。
 汐音が人探しを求めた人物はオレと一輝が見つけた人物に間違いはないということ。
 そして、その人物にはシンメトリと呼ばれる特別な能力が宿っていることだ。
「シンメトリって……対称という意味を表す言葉よね?」
「ええ。名前の意味は、その特異な能力には必ず対称となる能力が発生するためです」
「対称って、つまり、足が速いっていう能力があるなら、逆に足が遅くなるっていう能力もあるってこと?」
 なんとなくその光景を想像してみたが、ずいぶんとシュールだ。
 足が速いならまだしも、遅くてはどうしようもない。
「有り体に言えば、そういう状態になります」
「……信じられないわね」
 奈留の言いたいことは、バカなオレでも簡単に分かる。
 使い勝手だとかは想像できないが、あるとないとでは雲泥の差があるだろう。
「ですね。私も、信じたくはないです」
 ですが、と、汐音は言葉を続ける。
「私はフリーのライターをしているんです。その関係で、様々な噂話……都市伝説について調査をしていたんです」
 どうぞ、と渡されたのは使い古されたメモ帳だ。
 ところどころから付箋が出ていて、そちらにも小さく見出しが書かれていた。
 ペラペラとページを捲って、売れないゴシップ誌の一面が張られているページを見る。
 掲載されている写真は無理に引き延ばしたように粗く、記事の内容だって好き勝手な憶測ばかりだ。
 だが、そんな記事が二つ、三つ……合計五つともなれば、流石に無視できるものにはならない。
「一つ一つは取るに足らない情報でも、積み重なれば真偽も分からない、と」
 奈留の指摘に、汐音は小さく頷く。
 確かに、一朝一夕で調べ上げたものではないだろう。
 念のために日付も確認してみたが、どの記事も最近のものだ。
「合成写真にしては、あまりにも出来すぎよね」
「ええ。加工に詳しい知り合いに確かめて見ましたが、そちらからも加工の跡はないと言われました」
 となれば、どれもこれも本物?
 記事の全てを見直してみるが、信じろという方が無理だ。
「……アタシは難しいことは分かんねえけどよ。明らかにおかしいんだ」
「一輝ちゃん、どういうこと?」
「記事の始まりが旧市街が出来上がってからだ。でも、旧市街が出来た理由は出資がなくなったから」
 でも、
「アタシの父親は、旧市街が出来るその直前まで、旧市街を保全できるだけの金額を融資していたはずなんだ」
 それが。
 オレ達の運命を決める一言だった。

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