火種
汐音の話を頭の中で整理して、自分なりに考えようとして。
そんなもやもやとした頭を引きずっていると、気づけば夜が明けていた。
不眠の後遺症がのっそりと身体にのしかかって布団から逃げるのに苦労はしたが、頭はまだ冴えている。
試しに顔でも洗ってみようと思って洗面所に立ったが、かなりひどい顔をしていた。
「いくら何でも、まさかエスパーがこの世界にいるなんて思わないだろ」
呆れたような溜息を漏らして、冷水を顔に浴びる。
じわ。と染み渡っていく冷たさが、ぼんやりと巣食っていた気分の悪さを振り払う。
そうしてしばらく朝の準備をしていると、奈留がやってきた。
どうやら、奈留もあまり眠れなかったらしい。
いつもより少しやつれた様子ではあったが、あえて気遣うまでもない調子に見える。
「とりあえず、今から朝食を作るから待ってて」
ああ。と答えて、手持無沙汰な時間を潰すためにテレビでもつける。
テレビをつけた瞬間、目を焼いたのは殺人事件という単語だった。
ぞっと、胃のあたりに嫌な寒気が走る。
淡々と流れていく中継に、被害者についての情報はほとんど頭に入ってこなかった。
ただ、惨たらしいまでに炭化した現場が、その全てを語っているかのようで。
「なに、これ」
奈留の声に、ようやく我に返った。
とっさにテレビを消すことはできたが、朝のオレ達にはあまりにも衝撃的すぎた。
旧市街で起きた、殺人事件。
昨日の今日で起きたこの事件は、もはや非常識なまでに現実なのだ。
あやうく取り落としそうになっていた朝食を受け取り、奈留を座らせてオレが配膳をする。
……その間、言葉を交わす余裕はない。
「ねぇ、海斗?」
「……なんだ」
「もう、あんな場所、行かないわよね……?」
思わず、手が止まる。
どうしてか、裏切られたような気分だった。
頭を抱えながら俯く奈留は、耐えるようにしながらも切々と言葉を繋いでいく。
だが、それはぽっかりと空いた穴を通り抜けて、まったく頭に入ってこない。
「昔っからケガばかりしてて……私、本当に心配なのよ」
「――どうして、今更そんなこと」
「今更じゃないわ。あなたは昔からいつも、」
「いい加減にしてくれっ!」
ダン、という叩きつけるような音に、奈留の肩が怯えたように跳ねる。
頭では状況を冷静に判断していて、身体がやけに熱い。
ああ、今、オレは切れてるのか。
どんな顔をしているのか。どんな声をしているのか。
ぶっつりと乖離した思考と行動は、火に油を注ぐように激化していく。
「オレの、なんだってんだ」
腹の中で煮える怒りは、吐き出されてみれば呆気ないものだった。
「お前にオレの何が分かる?オレが目指しているモノを、お前は否定したことがないだろ!?」
「それとこれとは、」
「同じだろ。オレが解決する!オレがなんとかするから、心配なんて必要ねぇんだよ?!」
小さい頃から変わらない。
いくら年を重ねても、どれだけの時間が経ったとしても。
――オレが、奈留を守る。
そう誓っている。それだけは裏切らない。それなのに、どうして分かってくれない!?
「だからって、自分から危険に飛び込んでいったところで何かが変わるなんて保証はないじゃない!」
「だとしてもっ!ただ待つだけなんて御免だッ!!」
勢いに任せて、家を飛び出る。
背後から悲鳴染みた声で呼ばれた気がしたが、どうだって良い。
あの日、旧市街で見たのは最低でも二人だ。
どう見たって明らかに怪しいのは白い装束の男だった。
頭をちらつく奈留の顔を振り払い、もう一人の赤い男の方を思い出す。
「シンメトリ……、あの焼け方は、絶対に放火が原因のものじゃない!」
わずかに映っていた事件現場に残されていた焼け跡。
思い出すだけでもおぞましいものだが、それは『人の形』を浮き彫りしていて周囲に引火した様子はなかった。
そこから符号するのは、昨日の汐音からもたらされた話。
それは、赤い髪の少年が炎を根幹とした異能を持った特異な存在であるということ。
「怜ぇ雄ぉぉおおおッ!!!」
叫ぶ。
憎悪と怨嗟を一心に、ただ一陣の風となって、旧市街へと全速力で駆けた。