ようやく湯船につかって一息をつけた。それくらい、今日はとても長く感じた。
「はぁー……」
そんな溜息を吐き出して、白雪姫という童話を思い直す。
あまりに唐突すぎて忘れていたが、彼女はどうも、自分が知る白雪姫ではないということ。
だというのに、どうしてかその物語に関連しているというか……どうも名前が一致するせいか、思考にこびりついてくる。
現実で考えれば、それこそ考えるだけ夢の話だろう。
だが、あまりにもあんまりな出会いを果たしてしまったせいか、もはや現実ってなんだっけ、という状態だ。
「事実は小説よりも奇なりとは言うけど、これは流石にないだろ」
愚痴ってみても仕方がないとは思っても、声に出して言わなければ割り切ることさえできない。
それにしても、疲れた。
風呂の中でうとうととしていると、溺れるなんてことにもなりかねないし、そろそろ出るとしよう。
……ふう。
風呂上がりに冷えた牛乳。
こんな良い年になっても、どうしてかこの習慣からは抜け出せない。
そのせいか背はそれなりに高い方だけど……今は関係ないか、と思い直して、読み止しのままで置かれている本に手を伸ばす。
ちょうど、題は白雪姫なのだが、童話というよりも、その考察に重きを置いた本だ。
オカルトに趣味はないが、これでも活字中毒者。興味を覚えた本を、まさか途中で辞められるはずがなかった。
「…………」
紙がこすれる独特の音が、静かな部屋に響く。
ちょうど件の白雪は、じっくりと湯船に浸かっているんだろう、となんとなく思う。
ペラ、ペラ、と、一ページずつ出来るだけ丁寧に読破していって、なんとなく気になる記述を見つける。
「……本当の容姿について?」
本が曰く、冬に窓を開けたまま裁縫をすること自体に、何か隠された意図があるのでは、という導入から始まっていた。
そして、雪。
母親はふとしたミスで自らの指に針を刺し、その血が雪へと落ちる。
そうした描写を抜き出していって、それらを解説していくような論調に変わっていく。
雪のように白い肌と、血のように鮮やかな瞳は……。
「ね、イツキ」
「ん……うおッ!?」
思わず読み込んでいたせいか、白雪が近くに居たことにすら気づいていなかった。
「悪い、なんだ」
一先ず本から気を取り直して、白雪の方をみやる……と。
裸だった。
「……は」
いや、いや。確かにタオルとか最低限のもので視界は遮られているのだけれども。ともかく全力で目を逸らす。
うあああ、と心の中で苦悶しながら、なんとか必死に落ち着こうと努力する。
「どっ、どうした?」
思わず上ずる声と、うるさいほどの鼓動に生唾を飲み込む。
というか服を着てくれ!と内心で叫ぶが、本人はいたって気にしていない様子で。
「シャワーの使い方、わかんない」
そんな受け答えのせいで、どっと疲れが沸いてきた。
なんというか、とても心臓に悪い。よく見てみれば確かに濡れていないし……って、見るな見るな。
「あ、ああ。分かったから、ちょっと、離れてくれ」
大きく深呼吸をして、白雪の方を見ないようにと風呂場へ向かう。
本のことなんて、もはや考えられないくらいには気が動揺してしまっていた。
「はあぁ……」
大きな大きな溜息が、二人では手狭な浴室に響く。
これからもこんなことに悩みそうだな、となんとなく思って、教えるものを教えて浴室から出ようと踵を返す。
果たして、事件は起こった。
ツルっ、と。なにかを感じるよりも地面の感覚がなくなったことに反応して、思わず白雪を抱き留めてしまう。
あッ!?と手を放す暇もなく、また体勢を崩してしまったせいで、ほとんど抱きすくめるような形になっていた。
「…………イツキ」
「ご、ごめん!あ、足が滑って!」
柔らかくて暖かいな、なんて考えている自分が恥ずかしくて、もう穴があったら入りたい。
白雪に嫌われてしまうんじゃないか、なんて変なことばかり考えてしまっているのは、気のせいだと信じたい。
「それは、やめた方が良い」
え?
冷え切った声が、それまで乱れていた心を驚愕に染める。
いつの間にか体勢が直っていたが、白雪は自分の方を見ながら、どこか遠くを見つめているようだった。
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