第2話 国王対面 その①
「ほら、いい加減自分で歩け」
しばらく歩いて人が少なくなった頃、ナウロを引きずっていた男達が体をぽい、と投げ捨てた。
人間の王が住む城はこの近くにある。今の情勢もあってか城の周りに好き好んで寄り付くような人はいなかった。
「.....んで」
「ん?何か言ったか?」
鎧の男は聞き返す。
「なんで、そんなにまで従えるんですか」
いつの間にかナウロの心に秘めていた気持ちが、外に吐き出されていた。
しまった、と思った頃は時すでに遅く、口がオイルを塗りたくったかのように次から次へと滑り言葉が出ていった。
「この戦争に本当に勝てると思ってるんですか?16の剣の振り方さえ知らないような子供を戦場に駆り出して、敵が一人でも倒せるとでも思ってるんですか?
他の同年代の人達だって家族がいるというのに。
....家族に先立たれ残された者の気持ちが分かりますか。ああ、分からないからこうやって無意味に人を殺していくんですね」
しまった。完全に言い過ぎだ。
特に最後、最高権威者である国王をあんな言い方で嘲笑してしまった。
終わった。おそらく戦場に出ることなく、俺はこの洗脳(仮)の人が持っている剣で斬られてこの場で死んでしまうだろう。
なんてダサい死に方だ。どうせすぐに死ぬとは思っていたが、未だかつてこんなダサい方法で死んだ奴がいただろうか。
多分、俺が史上初なんだろうなーー。
斬られて死ぬ覚悟を決めようとしていると、鎧の男の口がまた開いた。
「お前ーー、何か勘違いをしてないか?」
「はえ?」
男は怒るわけでもなく、剣を振りかざすわけでもなく、全く予想もしてなかった言葉が返ってきたのでナウロはつい間抜けな返事をしてしまった。
勘違い?勘違いとは何のことだ?実は洗脳なんかされてなくて自分の意志でここにいるとでも言うつもりか?
「今回お前が呼ばれたのは徴兵ではない。理由はよく分からんが、お前は国王直々に呼ばれているのだ」
ナウロ余計に訳が分からなくなった。
初めナウロの家にずかずかと入ってからの第一声の『王が呼んでいる』というのは比喩表現ではなく、どうやらそのままの意味だったようだ。
だが、そんなことが分かっても謎は余計に深まるばかりだ。
あれこれと考えてみたが思い当たる節はさっぱり無く、結論にまで至らない。
余計に投げやりになり、煮るなり焼くなり好きにしろ、といった気分だった。
いつの間にか足の震え今の今まで何も起こっていなかったかのようにすっかり治まっていて、頭の中をゴチャゴチャさせながら鎧の男達に着いていった。
城はもう目前に迫っていた。
ーーー
城の周りには赤茶色のレンガを積み上げた壁が高く聳《そび》え立っていて、城と庭を大きく取り囲んでいた。
門の前には長槍を構えたこれまた鎧の男が二人立っていて、ナウロは何もせず入るのは失礼かーーと、軽く一礼を交わして中へと入った。
中は広いながらも、埃一つ落ちていない程掃除が行き渡っていた。
これだけの広さだ、一体何人体制で掃除をしているんだ?使用人も大変だな。
そんな見たこともない使用人に同情しながら、敷かれた赤いカーペットの上を踏みしめて行った。
鎧の男達が歩く道を、また自分も同じように進んでいく。
これから必ずと言っていい程ナウロ自身の身に何かが起こる。それも、彼の予想もつかないようなものだ。根拠は無いが、ナウロは直感で予測していた。
しばらくだだっ広い城の中を歩き続けていると、大きな扉の前で三人が足を止めたので従って足を止めた。
一人がノックを三回し、声を上げた。
「連れてきました」
「ああ、分かった。部屋に入れてくれ」
部屋の奥から返ってきた声を全員が聞いた後、ナウロは背中をぽん、と押された。
「ここからはお前一人だ。王は必ず一人で、と言っておられた」
そんな。ここまで無理矢理連れてきておいて最後は入らないのか。
....いや。もうどうでもいい。なるようになれ、だ。
若干力と苛立ちを多く込めノックを三回し、半ば適当に大きな扉を押した。
ズッシリと扉に重みがある。くそ、扉くらい軽くしておけ、狂王さんよ。
部屋に入ると髭を蓄えたハゲのおっさんがやたら広い部屋のやたら奥に置かれてある机と椅子に座っていた。
これが、人類の最高権威者。またの名を、大量殺戮の狂王。
どちらかというとナウロの住んでいた村では後者の方で広まっていたが、そんなことはどうだっていいことだ、と心の思考を止めた。
それよりもこのおっさん、もとい国王が何故ナウロを直々に呼んだかということが、現在の最重要の問題だった。
「.....君が、ナウロ君かね」
ナウロは名前を呼ばれたので仕方なく返事をするが、本当は会話すらしたくなかった。何せ相手は人類を大量に殺した『魔族』より魔族らしい奴だからな。
「いかにも、私がナウロでありますが、今日はどういったご用件でこざいますでしょうか」
ん?俺何か敬語おかしくないか?まあいい、コイツの機嫌を悪くさせてしまえ。
さっきから人差し指と親指で髭をつまんで愛でる、という仕草もナウロには苛立ちしか感じなかった。
国王というのは怒りを買うのがどうも得意らしい。
「ああ、その事についてなんだが....小細工を使っても仕方がない、単刀直入に言わせてもらおう」
「どうぞ」
国王がその言葉を発するまでの間は何時間、というように遅く感じられた。
時が遅くなったわけではなく、緊張と、プレッシャーに押されナウロの神経が集中しすぎてしまっていた。
ーー魔族の女王と、結婚してもらいたい。
その言葉は、全く予想の斜め上どころではないほど検討から離れていた。