第3話 国王対面 その②
「魔族の女王と、結婚してもらいたい」
・・・・・・・・・は?
「今、なんと?」
「人類の為、魔族の女王と政略結婚をしてもらいたいのだ」
いや、待て。待て待て待て待て待て。ワンモアタイムプリーズ?
政略結婚?魔族の?女王と?俺が?
ナウロの予想していた答えとまるっきり違う答えが返り、思わず聴き返してしまった。
何かの聞き間違いか、と思い国王の顔を改めて見直してみたところ、全くふざけているような顔をではなく至って真剣だった。
これマジなやつだ、とナウロに考えさせるまでに。
しかしナウロはなおのこと分からなかった。
なんで自分が現在進行形で行われている戦争の敵のトップと結婚しなきゃならんのだ、これは決定事項なのか、相手はこの話に了承しているのか、などその他諸々、色々な思考が頭の中をぐるぐると搔きまわし始めたところで考えるのを止めた。
「む、どうした?君は確か戸籍を見るところ今年で16だから、結婚は出来るはずだが」
長く続いた沈黙に国王は違和感を憶え、ナウロに声をかける。
ーー違う、そうじゃない。今は自分の年齢がどうとかという世界でも上位ランキングに入るようなどうでもいいことではなく、なぜ結果そういう話になったのかという過程《プロセス》だ。
このハゲじじい、今の言葉で全てを理解したとでも思っているのか?
ろくに学を積んでいるわけではないが、これだけで理解出来る奴は頭が良くたってそうそういないだろう。大量殺戮の人殺しなだけあって、相当なイカレ頭の持ち主のようだ。
「.....すみません。少し、理解出来なかったので事の初めから話していただけませんか」
ナウロの心の中に思ったようなことが言えるはずもなく、立場上丁寧に言ってはいるが、本当は「テメェの説明センスが皆無だったので、もう一度サルにも分かるように説明してくれませんかこの野郎!」とでも叫んでやりたい気持ちだった。
「ふむ、よかろう。ではまず始めに、この国の現状から話そうか」
そんなものはもはや聞くまでもなく答えははっきりと輪郭を帯びていたが、ナウロはふと気になった。
この王は無駄に人を死なせた、という事実には変わりはない。それは何かしらの介入の余地を一切感じさせないものだが、それを背負っていく国王の目には一体何が映っているのだろう、と。
死んでいった人達の意味が知りたく、ナウロはその話ーーもとい言い訳を聞いてみることにした。
「この戦争だが....我々人類ははっきり言って負けている。身体能力の時点で天と地ほどの差があるのだ、無理も無かろう」
座っていた椅子から立ち上がり、コツ、コツ、と足音をたてながらこちらにゆっくりと歩いてくる。
負けている、という自覚はあったらしい。
「しかし、負けると分かってすぐに降伏してしまうとこれまで命を賭して闘って散っていった者達の『面目』というものが立たない。だから、止められないのだ。
ーーしかし、今思うと止めるべきだったのかもしれないな。プライドを気にした結果、人類は衰退してしまった」
国王の話し方は徐々に重くなっていき、事情を知らない人が聞けば悲劇の物語として同情をもらえそうだった、が。
ナウロは納得できなかった。
こうやってしおらしくなればその命を賭して闘って死んだ人達や、無駄に駆り出されて死んだ人達に許してもらえる、とでも思っているのだろうか。
月に一度、簡素に組まれた丸太に放り込まれ、まとめて炎で焼けば成仏してくれるとでも思っているのだろうか。
たとえ反省しようが後悔しようがもう遅い。
こいつは、大量殺戮をした殺人鬼だ。
「何度も魔族の女王と同じ卓に座り話し合いをした。が、そのいずれも望んだ答えは返って来なかった。
それでも諦めず、話し合いをしている内に一つの案を思いついた」
「それが、政略結婚だと」
国王は俺の言葉に「そうだ」と力強く言った。
経緯はとりあえず分かった。しかしまだナウロの分からない事はいくつもある。
「それで、魔族の女王はそれを認めているのですか?」
俺の問いに国王は答える。
「この政略結婚は事実上、人類の敗北を意味する。あちら側は紙面上の契約を交わせば様々なものが手に入るのだからな。当然こちらの案はすんなりと通ってしまった」
やはり、人類の負けはもう決定事項のようだ。
生き残っている人々はどうなってしまうのだろうか。
現在の人間の人口は五百万人に落ち込んでいる。十分に多いかもしれないが、戦前は一億は優に超える、力を持った種族だった。
だが、物理的な力の持ち合わせは無く、魔族の群衆百万ほどに人間は消されていった。
「それでは、何故俺....ではなく私が選ばれたのでしょうか?政略結婚なら、私のような身寄りの無い農民ではなく王のご子息の方が色々と融通が効くと思われるのですが」
国王にも子供はいる。子供がいるという事は当然母親も存在するが、母親は子供を産んだ途端病気で死に、国は一ヶ月間、悲壮感に包まれた。
しかしそれはナウロの生まれる以前の事で、ナウロは知らなかった。
「うむ、それなんだがな.....魔族の女王は私の息子を見るなり「こんなヤツとは嫌だ」と突っぱねてしまったのだ。
いやはや、全く理由が分からない。私に似て素晴らしい顔立ちだと思うのだが......」
国王は髭を指で撫でながら首を傾げる。頭でその光景を作ってみると、なぜだかやたら鮮明に場面が想像できた。なんでだろうな。いやほんと。
国王の大切な一人息子だから、きっと親バカ補正がかかっているんだろう。甘やかされてんだろうなぁ。
ナウロは本日何度目か分からないほど呆れた。
「それで、魔族の女王は戸籍帳を見せろと言い出したのだ。戸籍帳には国民全員の顔が入っているからな。パラパラめくって「こいつがいい」と指差した先に君がいたのだ」
なんて適当な。
運が良いのか悪いのか。完全に後者だろうが、それはいいとして、だ。
あちらの女王さんはどうも事《こと》を楽観視しているように聞こえる。相手の気持ちも聞かず事《こと》を進めるのはなんとも王族の会話らしい。
要は、ナウロは魔族の女王に気に入られたのだ。
顔を褒められたのだからそれは本来なら喜ぶべきなんだろうが、状況が状況で彼は喜べなかった。
今現在で、人類の敵、恨むべき存在としてナウロに限らす生き残っている国民全員にインプットされているからだ。
「もうじきに魔族の女王はこちらにやってくる。 ここからは私からはほとんど介入出来ないから君が話を進める必要があるのだ。
私もこの場には残るし一応護衛はつけるが、どうなるかは君次第だ」
わーお、そんな「人類の命運は君の手にかかってます」みたいなニュアンスで言われても。事実そうなんだろうが。
実感が湧かない。
無理やり連れてこられ、結婚しろと言われてすんなりと「はいわかりました」などほざく事ができる人間がいるのだろうか。
少なくとも、ナウロにはそれはできないし、自身もそんな事ができるはずがないと分かっていた。
だがそれを『分からなければ』ならない。
ナウロにいくら実感が湧かなかろうが、話はもう後戻りできないところまでに進んでいる。
ーーええい、くそ。どうせいずれ戦争で死ぬ予定だった身だ、どうにでもなれ。
考えれば考えるほどナウロの頭はややこしくなり、グシャグシャと頭をかき大声で叫びたくなった、その時だった。
『話し合いは終わったか。では、そろそろ登場させてもらおう』
少し低い、女性の声が部屋を反響する。
何事か、と考える暇さえ与えず、中心に黒い渦が突如として出現した。
その迫力はさながら台風のようで、徐々にその大きさを拡大させていく。
勢いや迫力はあるものの、部屋に置かれてある机や椅子が巻き込まれて飛んでいくような様子はない。ただ、カタカタと軽い地鳴りのようなものはあった。
何が起こったのか分からず、ナウロはただ呆然とそれを眺めていた。
黒い渦に汚らしさは一切なく、むしろ人間の『美』という感覚、意識をくすぐるような。
不思議とナウロは、それを『綺麗だ』と思った。
状況を理解した時には、黒い渦はナウロの数メートル手前までに迫ってきていた。
ーーついに来た、というわけか。
黒い渦が勢いよく散開して空《くう》に消えたかと思えば、先程まであった渦の中心に黒色と紅黒い色で装飾された椅子に堂々と座った一人の女性と、その椅子の周りにこれまた三人の女性が立っていた。
椅子に座った女性は足を組んでいて、肘掛《ひじかけ》に肘をつき拳に首を預けていた。
雪のように白い肌。闇夜のように真っ黒に染められた衣服。髪も黒曜石のような美しさを連想させる。
見た目や服装からは10代後半から20代の人間にしか見えない。黒いスカートや上着と全体的に黒い印象を受けた。
周りの護衛と思われる人達もまた然り、人間と同じ見た目だった。
ナウロは少し拍子抜けしてしまった。
というのも、魔族に関する噂はやれ角だの、やれ羽だのといったものが多く、ナウロは魔族をなんとなく筋肉質な体だと想像していた。
だが実際見てみると、随分と華奢で、ただの人間の女の子のようだった。
「君が、私の結婚相手となるナウロか」
先ほど聞いた低い声。その声の主が、目の前の椅子に座った女性であることをナウロは理解した。
ーーこうしてナウロは、人生の転機に強制的に立たされることになった。