第4話 魔族の女王 その①
「君が、ナウロか。ほう、中々の顔立ちをしておるではないか。写真で見るよりも良いんじゃないのか.....?」
ナウロの顔をじっくりと、蛇が獲物を狩る手前ーーじっくりと品定めをするように、眺める。
目は少しつり上がっていて、鼻が通り、ぷる、とした唇。
街の中を歩いたら、百発百中で男が二度見するだろう。
ナウロの中に何かグラリと揺らぐ音がしたが、なんとか踏みとどまった。
「おっとすまない。まだ私が名乗っていなかったな。私は魔族の現女王、ルシフだ。代は....えーと、何代目だったか.....」
「6代目です、ルシフ様」
女王ルシフが首を傾げて思い出そうとしていると、横の護衛の人からから答えをもらった。
眼鏡をかけていて、まさに世話役のような印象を受けた。
「あーそうだ。代にして6代目、歳は....秘密にしておこう」
魔族と言えど女性としての恥じらいはあるらしく、女王ルシフはこれ以上話を掘り返されたり、ナウロや国王に余計なことを考えられないように「そんなことより」と話を切った。
ナウロは特になんとも思っていなかったが、隠すということはーー、と考えてしまった。
「私は名乗ったのだから、一応君からも自己紹介はしてもらおうか。ナウロとやら」
異様な緊張感に包まれていたナウロに急に話を振られ、彼は一瞬ビクッとしてしまった。どうやらそれはバレてしまっていたようで、微《かす》かにくすくすとルシフの護衛の辺から笑い声が聞こえたナウロは、その羞恥に耐えつつ無理に掻き消すように、声を上げた。
「お初にお目にかかります、えーと、ルシフ様。私はナウロと申します。宜《よろ》しくお願い致します」
と、ナウロはぺこりと頭を下げた。いくら学を積んでいないといってもナウロは流石に目上の人への礼儀は知っているつもりだった。
今自分が発した単語一つ一つに特に違和感が無いことを確認し、ナウロはルシフのリアクションを待った。
若干の静寂が訪れた後、ルシフが口を開く。
「あー、よいよい。頭を上げよ。私は敬語を使われるのがあまり好かんのだ。それにこれから君は私と対等な関係になる。無理にとは言わんが極力敬語を避けてもらいたい。できるか?」
そんなこと言われても、とナウロは思った。
敵同士。位《くらい》だけ取ってもナウロは農民。束ねられる存在。ルシフは女王。束ねる存在。
こうやって会話している事すら自分には場違いだと感じるナウロは、敬語を止めることは難しそうだ、と思った。
だが、心の中では『ルシフ』と呼ばせてもらおう、とナウロは思った。まずは心の中で。少しずつ慣れていくことが重要だ。
「はぁ、すいませ.....ん、でした」
またつい使ってしまったことに気づいたが、途中で止めることができず、なんだか変な話し方になってしまった。
ルシフはほとんど分からないような顔のしかめ方をし、それを見てナウロは申し訳ない気持ちで溢れた。
ーーやっぱり抜けない。せっかく対等な存在として見てくれているのだから、俺もこれから何とかしていかなくては。
「さて、ではヒトの王よ。確認するが紙面上では同盟を結び終戦と書いてはあるが、事実上はそちらの負けだ。それで良《よ》いのだな?」
「構いませぬ、ルシフ様。何も残っておらぬ今、我々にとって大切なものは個人の命であります。それだけは、どうか奪わないで頂きたい」
国王の言葉にナウロは違和感を覚えた。
自身を下げて話していたことではない。あれだけプライドがどうとか死んでいった者の面目《めんもく》が立たない、とか言っていた割には、やけにあっさりしすぎている。
考えすぎか?まさかなにか裏があるとか......。
...いや、やっぱり考えすぎか。そもそも、力量の時点で負けているんだから仮に逆らっても返討ちが関の山だしな。
「よし、ならば最後にーー紙にサインをしてもらおう。ミカ、紙を出せ」
分かりました、と先ほどの眼鏡をかけた護衛の一人がどこからか紙を出現させる。
登場の時もそうだったが、ナウロはあれこれと人間には出来ない技を見せつけられ驚きっぱなしだ。
護衛の人が紙を国王に渡し、国王はペンを用意して机に座り、サインをする。
その人類の敗北の瞬間をナウロは見届けたが、あまりにもさらり、と一瞬で終わり何かを考える暇もなくその光景を見ていた。
時の流れが遅くなったとも早くなったとも感じず、通常の時の流れの中で行われたことだった。
とにかく、これでーー『人類』は負けた。
「さて、これからどうするかーー。ナウロよ、何《なに》かあるか?無ければすぐに私の城へ向かわせてもらうが」
何《なに》か、と言われても。
ナウロとしては別に何をしてくれても構わなかったが、ふと、ある質問を思いついた。
「では、一ついいですか?」
抜けない敬語を感じつつも、ルシフはスルーしてくれたようでナウロはそのまま続けた。
その質問とはーー。
「戦争が始まった要因は、本当にただの領土合戦だったのでしょうか」
現在の人類誰もが感じる、この絶望的な状況を生み出した要因。
だが、その理由は誰も知らない。何故なら、知る者は皆《みな》死んだから。
彼ーーナウロは、大人の言葉を信じているわけでも、信じていないわけでもなかった。
「......何故、そう思ったのだ?周りの大人からは恐らくだが、そのように聞いていたのだろう?正しいとは思わなかったのか?」
ルシフが聞く。
それに対して、ナウロが答える。
「......どうしてなんでしょう。よく分かりません。
...うまく言えないですけど、事実が無ければ何が正しいかどうか、なんていうのは自分で決めるものではないですか?」
若干16歳にしてナウロがたどり着いた答え。こんなことを言ってしまって自分は偉そうではないか、とナウロは考えたが、ルシフがふむ、と声を出して何か言いたげだったので思考を止めた。
「よくそこまで考えられたものだ。
ーーナウロよ、知りたいならば教えてやろう。戦争のキッカケ、《《我々の迫害の歴史を》》」
ルシフの言葉に疑問を感じ、迫害とはなんですか、とナウロが聞くよりも早く、ルシフは言葉を続けた。
椅子に深く座り込み、力の込もった声。どことなく周りの三人の護衛たちの顔が物憂げだったように感じられた。
その昔、《《魔族もただの人間だった》》。
同じ服を着、同じものを食べ、同じ土地に生きていた。
いつからか『魔力』という謎の力が観測されるようになった。
その力は人間の身体能力、寿命を著しく向上させる夢の力として圧倒的な期待を持たれた。
しかし、魔力はどこかに留《とど》め、それから後に体内に注入する、という方法では体内に入れることが出来なかった。
『素質』のない者に入れても、体内で蒸発してしまうのだ。
ただ唯一の方法は、魔力を体内に留めておける『素質』を持つ者のみ。
こうして、魔力が体内に存在する者はいつしか『魔族』と呼ばれ、次世代の人間として重宝されるようになった。
「だがーー、一見完璧な力に見えるこの力だが、デメリットがあったのだ」
それは白があるなら黒、陽があるなら同時に陰が存在するように至極当然のことであった。