第10話 結婚式
それから程なくして、元の衣装部屋に帰って来られた。
リエルは軽かったから大した苦にはならなかったが、こうやって毎回誰かの手を煩わせるならもうちょっと自分で歩いてほしいと思う。
部屋の前ではミカさんが辺りをキョロキョロと見回して、額に汗をかきつつ立っていた。
「すいません。今戻りました」
「あぁ、ナウロ様!どこへ行ってしまわれたのかと心配し探しておりましたが.....どうやら、リエルの部屋に行かれていたようですね」
そう言ってミカさんは胸に手を置きホッと一安心する様子を見せる。そこまで俺なんかを心配してくれたとは何という光栄至極。後でまた改めて謝っておこう。
不意に肩が軽くなる感覚が伝わった。リエルが俺の背中から飛び降りたようだ。
長い髪に隠れた目線がミカさんへと伸びている。
「や、ミカ。ルシフ.....さまは、どこ?」
「こら、リエル。あまりナウロ様の手を煩わせてはいけません。自分で歩くようにと何度も言っているでしょう?」
ミカさんの言葉にリエルはむぅ、と唸った。
「面倒なの....。それに、他のことで体力つかうから.....。もったいない.....」
「それでも歩くようにしなさい。私達ならともかく、お嬢様と対等な関係になるナウロ様にはこれから頼らないように。いいですか?」
人差し指を立てずい、とリエルの顔にミカさんの顔が近づく。
当のリエルは大層鬱陶しそうな顔を髪の隙間から覗かせる。
「わかった....。それより、ルシフさま....」
「隣の部屋にいらっしゃいます。もう準備は整っておりますよ。ナウロ様も、ご一緒にどうぞ」
城内探検の間にルシフの準備は終わっていたようだ。
にしても、ルシフのドレス姿か。
元々が美人だからさぞ似合っているんだろうが、一体どんな風になっているんだろう。気になる。
ミカさんが前を行き、その後ろに俺とリエルがついていく。と言っても、ルシフの衣装部屋は隣なので大した距離はなかった。
ミカさんが扉を3度ノックし、声をかける。
「お嬢様、入ってよろしいでしょうか?」
その声に部屋の奥から「構わん」と声が聞こえる。どこか低めで、それでも遠くまで通る声。ルシフの声だ。
ミカさんが扉を押すと俺の衣装部屋と似た光景が広がっていた。違うところと言えば、無数にある煌びやかな服が全て女性用なところだ。
その服に囲まれるようにルシフは立っていた。
全体的に黒のイメージがある魔族のそれを根底から覆すような真っ白なドレス。
長く伸び、手入れの行き届いた黒髪は纏められている。
ルシフの少しつり上がった目からは、嬉しくも気恥ずかしい、といった様子が伺えた。
しばらく呆然と立ち尽くしていた。
何を思えばいいのか、何と言ったらいいのか分からない。
こんな光景を目にするとは過去の自分は思いもしなかっただろう。もし『運命』が存在するのなら、良い方向に捻じ曲げられたとしか思えない。
それほどまで、ルシフは綺麗だった。
「どうだ、似合っているか?」
ルシフの言葉で我に返る。ええ、そりゃもう滅茶苦茶に似合ってますよ。
「はい、とても」
また敬語を使ってしまったが、ルシフはそんなことは気にせず笑みを浮かべ言葉を続けた。
「そうか。
では行こう。会場は他の者が準備している。そろそろ終わった頃だろう」
いよいよ始まる。人類の為の結婚が。
ここに来てまた気持ちが漠然とし始めた。一度はつかめたと思っていたが、やはりまだ無理か。
だが今はそんな感情は抑え込まねばならない。大きな事を考えるのではなく、目の前の小さな事からだ。
俺たちは会場へと向かった。