第一章:追われる少女――8
☆ ☆ ☆
赤い車両が空を駆ける。
ファレグ隊の天空車両は、二人乗りの自転車を追っていた。
自転車の運転手は、流し目で赤の車体を確認して、女の子座りをしながら抱きついている、後ろの少女に尋ねる。
「やっぱり、キミはファレグ隊に追われているんだな」
「はい。……でも、ワタシは本当に――」
「何もしていないんだろ? 一先ず、彼らを巻くとしよう」
自転車が向かう先は、方角で表すと南で、所在地で言ったら生活区画一番地だ。
「あの、民家が増えてきたように見えるのですが……」
「ああ。ここ生活区画一番地は、住宅地だからね」
運転手、政の言葉に、少女は目を丸くして、
「えっ! あのっ、住民の皆さんを巻き込むのは、ちょっと」
流石に罪悪感があるらしい。少女は追われる身であって、事実を告げると罰される行為はしていない。
しかし、いくら法に触れていなくても、執拗に追跡されれば省みることも仕方ないだろう。
ともすれば、自分のせいで、住民に迷惑は掛けられないと思えてくる。それが人情と言うものだ。
「大丈夫だよ。ファレグ隊は七柱軍の一隊だ。そして、七柱軍の存在意義は、住民の生活を守ること。だったら、住宅地で重火器ぶっ放す理由なんて、どこにもない」
それに、
「こっちは、伊達や酔狂で自転車通学している訳じゃない。できるだけ労力少なく、時間を大切に。って、日々考えながら走り回っているんだ。地の利はこっちにある」
しっかり掴まっててくれよ。言って、政がハンドルを右に切り、即座に左へ。住宅と住宅の間を、縫い紡ぐように通る。
空では、急激な方向転換に、ファレグ隊の隊員が戸惑っていた。視界を右に行く逃走車を追うべく、右へと弧を描く。
再び、視界に捕らえた相手は、だが、即座に姿を消した。住宅の影が障害物となっているのだ。
一見、制空権を取っているのは隊員側だが、その実、生活区画一番地のように建物が密集した地形では、建物同士が遮りとなる。
言うなれば、無機物のジャングルだ。しかも、地を這う獲物は土地勘に長けていて、どこをどう通れば追跡の邪魔になるか、知っているらしい。
今や完全にマークを外した政が、少女にだけ聞こえる声で、
「ファレグ隊は、殲滅戦を得意とする部隊なんだ。元来、ネズミ狩りみたいに器用な真似は苦手なんだよ」
「随分、お詳しいんですね」
「まあ、ね。夢だったんだよ。七柱軍」
政は、元々軍部所属を夢見ていた。だとしたら、彼の知識が豊富であることは言うまでもないだろう。
幼い頃から、自分はどの隊に所属しようかと、期待に胸を膨らませていたのだ。イメトレを繰り返し、知識を蓄えていたのである。
そんな彼の体躯を抱きながら、
「――そうですか。夢、だったんですね?」
少女の口元が笑みを描いたのは、見間違いだろうか?