第二章:血の契約――2
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〝近代儀式〟は、本来の儀式を近代技術により高速化する。
古来より、魔術を使用するためには、天使や悪魔こと〝霊体〟の召喚が必須とされていた。
これは、霊体を召喚し契約を行うことで、〝理(ことわり)〟を書き換えるためだ。
だが、霊体の召喚。――今で言うところの〝儀式〟には、膨大な時間を要する。何故ならば、節制や断食などの準備期間が、最低でも一〇日掛かるからだ。
しかし、現代になって、霊体の召喚が情報処理にすぎないことが判明し、状況は一転する。
情報処理を行うだけならば、別の方法でもっと迅速に儀式を完遂できる、との提案がされたからだ。
情報を処理するならば、超高速の演算機器があればこと足りる、と。
折しも、時代は二十一世紀の半ば。代替の演算機器は、既に現実のものとなっていた。〝量子〟をビットとし、超高速計算を行う〝量子コンピュータ〟が。
こうして、〝量子ビット〟を用いる〝量子コンピュータ〟を霊体召喚の代役とした、近代儀式が確立したのだ。
「なるほど。魔導司書が、DNAコンピュータの機能を持っているのは、そんな理由もあったんだな」
時代のバックグラウンドを知り、かつ、日々の努力により、雑学を蓄えていた政には、ドグマたち魔導司書の存在意義も手に取るように分かった。
「DNAコンピュータは、処理速度に優れている。それが、近代儀式での量子コンピュータの役割を担っているってことか」
魔導司書は、魔導書の保管を目的としているらしい。そのために、DNAをビットとして扱う、DNAコンピュータとしての機能を持っている訳だ。
そしてDNAコンピュータは、現代社会においてさえ、高速演算器として通用するほどの、処理機能も持っている。
よって、量子コンピュータ同様、霊体の召喚を省くことで、儀式の高速化が実現できるのだろう。
魔導司書とは、上手く名付けたものだ。政は正直に思う。魔導書の取扱いに、これ程長けたものはいないと。
「ワタシが狙われる理由も、お分かりですか?」
「ああ。キミが、魔導書を一冊完全に保管してあるならば、狙われない方がおかしいと思うよ」
何しろ、
「魔術社会は魔導書の発見から始まったんだからね」
魔術社会の代名詞。法陣都市の存在を考えれば、否が応でも認めなくてはならないだろう。
そもそも、法陣都市は一冊の魔導書〝七霊の書〟が生み出したと言っても、過言ではないのだから。
たった一冊の書物が、何もないところに最先端都市を一つ創り出す。魔導書とはそんな存在なのだ。
ならば、一冊の魔導書を丸々保存された存在がいたならば、どうなるだろう? その答えは、目の前の少女と彼女の現状が教えてくれた。
軍の一隊に追われる、ドグマ・ルイ・コンスタンスと言う名の、魔導司書が。
「ところで、キミはどうして法陣都市まで来たんだ? 見たところ、元から住民だったようには見えないけれど……」
尋ねると、ドグマは困った表情を浮かべる。
苦笑と自嘲が混じったような、眉の寝た笑みだ。
「そうですね。偏に、正体がバレてしまったからとしか言えません」