第二章:血の契約――4

          ☆  ☆  ☆

 期待が込められに込められたルビー色の双眸が、ただただ自分を映している。
 これだけの美少女に見詰められて、悪い気がしないから逆に問題だ。

「いや、……唐突過ぎないか?」
「出会いは何時も唐突なものですよ?」
「そんな、ボーイミーツガール的に軽く言われても……」

 何と言うか、いろいろと軽い女の子だ。出会った直後の自分に、自らの運命を託そうとするなんて。

 マジかよ。との意味合いで、息を長く深く吐くと、

「それに、ワタシは政が良いです。政に守って貰いたい」
「気軽に言う台詞じゃないだろう? キミの人生掛かっているんだぞ? 分かって言ってるか?」
「もちろんでしょう?」

 不意に、ドグマの顔つきが変わる。眉が寝た柔らかく、だが、どこか大人びて見える、年不相応な微笑み。

「人生が掛かっているから、真剣に告白しているんです」
「こ、告白?」

 悔しいことに、胸が高鳴った。思わず、了承してしまいそうになる心を、理性で必死に押しとどめ、脳をフル回転させて否定材料を探す。

「そ、そうだ、魔術にも適正があるじゃないか! オレに才能があるかないか、分からないだろう?」

 ドグマが所有するのは魔導書だ。そして、魔術には適正や才能が確かに存在する。
 要するに、いくらドグマが熱望しても、自分がその期待に応えられるか否かは、天のみぞ知る状態なのだ。

 自分の守護者が、役に立たなければ、ドグマも諦めてくれる筈。

「政には才能がありますよ? 何しろ、ワタシの〝理(ことわり)の書〟は〝儀式改竄(ぎしきかいざん)〟の術式を綴ったものですから」

 だが、笑みをそのままに、ドグマがサラリと肯定した。

「〝理の書〟とは即ち、〝理論〟と〝教義〟に基づき、魔術エフェクトに改竄を施す魔導書。何にも増して、魔術に対する知識を必要とし、知識の量こそが才能なんです」

 ドグマが本棚に目を遣って、

「見たところ、政は才能の塊ですよね?」

 ――ど、同意する他ない――!

 思わず、ぐう……、と唸ってしまう。

 彼女はこの部屋に入るなり、内装を気に掛けていたが、その行動の真意は、自分の契約者に相応しいかどうかを、探るためだったのだ。
 加えてドグマの、勤勉な方なんですね。との確認に自分は、当たり前だ。と応えてしまっている。

 迂闊に反応するんじゃなかった。どうにも、見た目と反して腹黒い少女のようだ。

「それに、ワタシと契約することは、政にもメリットがあるんですよ?」
「メリット?」
「はい。方法は異なりますが、政の夢が叶うのです」

 どう言うことだ? と一瞬考える。
 自分の夢は、〝儀式管理局〟への就任だ。彼女と契約することで、頭の回転が良くなるなら納得できるのだが……。

「そもそも、オレ、キミに夢なんて語ったっけ?」
「何を言っているのですか? 〝七柱軍〟に所属したかったのでしょう?」

 ああ、そっちか。それなら、確かに発言した覚えがある。ファレグ隊を捲る際に、後ろに乗っていたドグマにポロっと零した覚えが。

 しかし、なおさらに無理があると言うものだ。自分には、七柱軍の標準武装〝神霊兵器〟を操る才能がない。住民の生活を守るため、魔術を行使する才能が――、

 ……魔術を行使する才能……?

 思わず、眼を見開く。

 こちらが、気付いたことを見透かしたように、ドグマが嬉しそうな声色で、

「七柱軍とは、魔術を操り住民のために戦う軍隊なのでしょう? でしたら、ワタシと契約すれば、その力が手に入るのでは?」

 神霊兵器は、七霊の書の〝神霊〟の項目を参照したもので、七柱軍はその術式を以て戦う。つまりは、魔導書の一部を司ると言うことだ。

 そして、目前の少女は魔導司書。一冊の魔導書を内包した存在。

 だとしたら、ドグマの契約者となることは、

「いいえ。七柱軍と同等以上の力が手に入る。――生憎と、こちらは追われる身。表立った派手な活躍は約束できませんが、裏方のヒーローというのも趣があると思いませんか?」

 ドグマの身分を考慮したら、表舞台で立ち回ることは不可能だろう。
 だが、魔導書一冊分の能力を用いれば、間違いなく七柱軍を凌ぐ力を発揮できる。

「ワタシは政に守って貰える。政は夢を叶えられる。悪い話ではないですよね?」
「――一つ、聞かせてくれないか?」

 悪あがきに似ていると、自分でも思った。発言自体が、了承の向きに揺れ動いているからだ。

「何で、オレにそんなベラベラと喋ったんだ? オレはそこまで口が硬く見えるのか?」

 そう、これは悪あがき。試されているようで、不服だと思っただけ。
 ドグマはこちらの心を覗き込んだかの如く、平然と答える。

「ワタシが、そんなに軽い女に見えるのですか? 信用できるから、に決まっているじゃないですか」

 まるで恋の駆け引きのように。

 おもむろに、後頭部に手を遣った。

「そう言われたら、……断れないじゃないか」

 敵わないなと、思いつつ。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

作品目次
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