第二章:血の契約――6
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気付いたら、政はブランケットに身を包みながら、フローリングの上で寝ていた。
三匹の愛猫が、何時ものように添い寝している。だが、明らかに何時もとは違う朝だ。何時もなら、自分はベッドで寝ている筈だから。
――あ、あれ? 昨日オレは、……どうしたんだっけ――?
何故か分からないが、昨晩の記憶が不明瞭だ。
夕食を摂ったか、風呂に入ったか、何時就寝したか、霧に包まれたようにおぼろげで、不鮮明だった。
……そう言えば、確か誰かと――。
そこまで考えが至って、朝っぱらから赤面する。
見るからに情緒が不安定だが、仕方ないことだ。何しろ、超美少女と出会った初日にディープキスして、告白されると言う、非日常がやって来たのだから。
寧ろ、そのレベルで留まった自分を褒めてほしい。完全に、一線越えてもおかしくない、一大ハプニングだったのだ。
――そうだ。あの後、流石にベッドで一緒に眠れる訳もなくて……、
自室にあるベッドは言うまでもなく、シングルベッド。
少女ドグマと二人で寝たら、いくら政でも狼になること請け合いだ。政は、健全な男子高校生なのだから、据え膳食わなくてヘタレと言われても仕方あるまい。
そんな経緯で、ドグマにベッドを貸して、ブランケット広げたフローリングで、眠りに落ちたのだった。
「……あんなことしたんだから、記憶吹っ飛んでも仕方ないよな」
呟きながら、思い出す。柔らかな唇の感触。絡み合う舌と舌。彼女の潤んだ上目遣い。
今でも心臓が爆発しそうだ。とても健康に悪い。これで、添い寝でもされた日にはきっと、昇天してから地獄に落ちていただろう。
深呼吸の代わりに嘆息して、心を落ち着けながら、寝返りを打つ。
直後、どうしてオレは寝返ったんだと、後悔することになった。近視の双眸でもハッキリ見える至近距離に、少女の寝顔があったから。
――――ふっ……!?
心内で発した声は、何を意味するものだろう? それすらも分からないくらい、大混乱に陥った。
鼓膜の直ぐ近くで鳴り響くような心音。荒れ狂う海のような思考。なのに、少女は安らかすぎる寝息を立てており、その様はまるで、と言うか天使そのもので。
「……政ぁ……」
とか、可愛すぎる寝言を呟きやがるから思わず、
「……ふ、ぎゃあぁぁぁぁ――――っ!!」
叫んでしまうのもやむを得まい。
「んにゅ……?」
こちらの絶叫を目覚まし代わりに、余りにも暢気な一言とともに瞼が開く。寝起きでトロトロとした瞳は、それだけで破壊力抜群だ。
「……おはようごさいます……」
むくりと起き上がり、目元を擦るドグマは、髪を束ねていない分、その長さや艶やかさが際立って、どこか大人っぽい。
加えて、何故か分からないが、黒のローブではなく白いシャツを羽織っている。それも上半身だけで、しかも纏うシャツはどう見ても、昨日、自分が着用していたものだ。
必然的に、白すぎる足の大半が晒され、下着が黒いから仄かに透けて見えて、流れる金の髪が無防備そうで、総合して評価すると、説明し難い蠱惑さが辛い。
思わず、仰け反るように起き上がって、政は距離を取った。
「ド、ドグマ!? 何をしているんだ、キミは!?」
尋ねると、一旦自分の体に目を遣ってから、ニヘっと頬を緩めて、
「政に包まれてる気分になりますから……」
「そこじゃない! いや、そこもだけどねっ!」
大人びた雰囲気で、子供っぽく笑われて、もう訳が分からん。
「そうじゃなくて、キミにはベッドを貸しただろう? 何でわざわざオレの隣に寝転がってるんだ!」
「人肌が恋しかったんですよぅ」
「こ、こら! 抱きつくな!」
起きがけで寝惚けているのか、それともついに本性を現したのか、異様にスキンシップが多くなってきた。
これも、昨日の告白の余波だろうか? だったらこれから、もっとエスカレートするのだろうか?
ゾっとする展望に、人知れずおののく。
「それに、ワタシ、ずっと独りだったんですよ? 甘えさせてくださいよぉ」
そんな中、ドグマが零した一言が、やたら響いた。
そして思う。彼女はどんな思いで、逃亡生活を送ってきたのだろう? 祖国を逃げだし、ただ、自分を守ってくれる存在を求め、正体を明かすこともできず、必死で法陣都市を目指す。たった一人で。
――だったら、少しくらい良いのか、な……。
急に、小柄な彼女の体が、更に小さく見えてきて、知らず知らず頭を撫でていた。
まるで、愛猫が一匹増えたような気分だ。幸せそうに、頬をすり寄せている。
「さあ、政? まだ朝は早いですよ? 一緒に、二度寝しましょう?」
「悪いが、誰かさんのお陰で、眠気は吹っ飛んだ。起きるぞ、ドグマ」
「ううぅ……。夜伽ぃ……」
「女の子が自分から言うなっ! それに、今日は一緒に外出だ」
ピタリとドグマの動きが止まった。
「ふえ?」
キョトンとした瞳がこちらに向けられる。終始ペースを掴んでいた彼女にしては、珍しい顔つきだ。
「買物に付き合ってくれ」