序章:法陣都市――3

          ☆  ☆  ☆

 けたたましいアラーム音が聞こえる。それも頭上の至近距離からだ。
 必然的に、政は引き付けに近い身震いを起こし、鬱な気分で溜め息を吐く。

 とても迷惑な話だ。何が嬉しくて夏休み初日に、目覚まし時計に叩き起こされなければならないのだろう。

 もそもそと、掛け布団で頭を覆い、騒音攻撃に対する防御策とした。

 ――と言うか、一体誰が目覚まし機能をオンにしやがったんだ。いや、自分自身に決まっているか。じゃあ、何故そんなことをしたのだろう――?

 思い、いや、思い出し、政は跳ね起きた。ベッド脇のメガネを弄り、着用する。そして、

「補習かあぁぁ――っ!!」

 思わず声を張り上げた。
 寝間着として使用している短パンとシャツを、競技かと勘違いされそうな速度で脱ぎ捨てて、無造作にほっぽり出してあった〝黎明学園〟の制服――黒いズボンと、半袖シャツ――に着替える。

 朝から騒々しいことこの上ない。そう訴えるように、三匹の愛猫も、ビックリした目つきをこちらに向けていた。

「す、すまん! 驚かせちゃったな。許してくれ、キュー、ビット、ライン」

 癒やし系な同居人たちに、朝食たる猫缶を差し出し、バタバタと慌ただしく洗面所へ向かう。
 これでも、政は健全な男子高校生。モテるモテないはともかくとして、最低限のエチケットはマナーと言うか、プライドだ。

 手櫛で紫の短髪を整え、液体歯磨きでデンタルケア。
 所要時間五分未満で、身支度を整え、トーストしていない食パンを口に押し込んで、〝四〇六号室〟の玄関から飛び出した。

 本当にこんなマンガみたいな行動するやつがいるんだな。と、自分自身にツッコんでおこう。正直言って、自分でも情けないくらいのステレオタイプ。

 指紋認証の電子錠で戸締まりを済ませ、学生寮四階の廊下を駆け抜ける。
 途中で部活に向かうと思しき、二人の女子の横をすれ違い、二段飛ばしで階段を下り、ガラガラの駐輪場まで一気に行く。

 愛用の自転車のかごにバッグを詰めて、空元気にペダルを漕ぎ始めた。
 向かう先には、試練のような坂道がある。今日もまた、足腰に負担を掛けて乳酸を蓄えねばならない。

「く、くそぅ! いくらペット可のオプション付きでも、この道のりはイジメじゃないのか?」

 自宅である学生寮は、立地条件がワーストだ。
 黎明学園からの距離は最長で、登下校には徒歩で三〇分掛かり、自転車でも二〇分は覚悟しなければならなない。
 渋滞はないが、アップダウンの激しさが有名で、自転車通学の政には、修行の一貫と洗脳を施すしかなかった。

 お陰様で足腰の強さは人並み以上で、風邪知らずの健康体に育ちました。鍛え抜かれたふくらはぎは、誇るべきか悲しむべきか、判断が微妙だ。

 などと思っている自分の頭上を、二台の車体が駆けていく。
 一昔前、バイクと呼ばれていた原付きの二輪車に、見た目は近い。だが、タイヤは存在せず、代わりに横向きの円盤が取り付けられていた。

 円盤には紋様や記号が刻まれており、法陣都市の住人である政は、それが〝重力制御〟の魔法陣であることや、車両が〝天空車両(エアランナー)〟と呼ばれていることも知っている。

 天空車両は、七霊の書〝科学〟の項を用いるもので、重力のベクトルやポテンシャルを操って、浮上、降下、進退を行う。
 運転手にも重力制御は働き、セーフティー機能も搭載されているため、想像以上に安全な乗り物らしい。
 免許は必要だが、十六才以降の住人ならば運転可能だ。

 天空車両の運転手は、先ほどすれ違った二人の女子だった。学生寮の屋上には天空車両の駐輪所が存在し、二人はそこに向かっていたのだろう。
 車両は、名前の通り空を駆ける。だから、地を這う自分とは異なり、下半身に負荷が掛かることはない。

 優雅に舞う二台の車両に、政は、くぅ……、と泣き言のような音を上げ、

「オレも、天空車両の免許取ろうかなあ……。でも、時間もなけりゃ懐も寒いし……」

 天空車両の免許を取るには、一定期間の講習を要し、値段もそれなりに高い。
 とてもじゃないが、参考書に生活費を割きつつ、夢の実現を目指している自分には、手の届かない品物だ。

 加えて、夏休み期間にも補習がねじ込まれるゆえ、満足に講習も受けられない。

「それにしても、夏休みに補習って、日本語おかしくないか? 休みの定義はどこに行ったんだよ」

 仕方ないことだ。
 何しろ、自分が通う〝儀式科〟は、管理区画での就職を目指すための学科であって、偏差値もかなり高い。
 と言うのも、管理区画での仕事は、魔術や近代儀式と密接な繋がりがある。そのため、魔術全般に対する基礎知識が必須となるのだ。

 通常のカリキュラムに収まりきらない分が、補習と言う形で押し込まれたらしい。迷惑な話だ。

 政は、諦めに近い感情で、大きく嘆息し、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。



 夏休み初日。まだ、政は〝魔導司書(ライブラリアン)〟の存在を知らない。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

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