第一章:追われる少女――1

          ☆  ☆  ☆

 空が晴れている。〝黎明島〟は今日も暑かった。
〝魔術〟が支える人工島があるのは、小笠原諸島の一部である。

 位置関係的に、高温多湿の海洋性気候。季節が夏真っ盛りであることや、空がご機嫌であることが、嫌になるほどの陽気に拍車を掛けていた。

 直射日光を浴びる人工の大地は、ジリジリと熱を帯び、陽炎すらも生んでいる。
 正直、こんな日に室外で激しい運動をするのは、勘弁願いたい。それほどまでの真夏日だ。

 夏空の下。黎明島上の街〝法陣都市〟。
 その中央部〝生活区画〟は、三つに分割されていた。南に位置する一番地から、時計回りを描くように、二番地、三番地に。

 生活区画は名前の通り、法陣都市の住民が生活を送る場である。その二番地は、学校や学生寮が集った、学業の中心地だ。
 無論、〝黎明学園〟が所在を置くのも二番地の一部である。

 黎明学園は〝普通科〟、〝自然科〟、〝科学科〟、〝儀式科〟の四つの学科からなる高等学校だ。

 中央にある、上から眺めて〝コ〟の形をした、普通科の校舎は、これぞ学校でございます、と述べるように伝統的なシルエット。
 体育館と武道館、テニスコートは、ベージュ色をした普通科校舎の裏側に設けられ、校舎正面には陸上トラックと、二つのグラウンドなどがある。
 右側に自然科の校舎。左側に、ビルを模した科学科と儀式科の校舎、というのが、黎明学園の全体図だった。

 生徒総数は、全学科合わせて八五四名。

 黎明学園の特色は、ただ生徒が多いことだけではない。
 寧ろ、全校生徒が揃いも揃って魔術のカリキュラムを受けていることの方が、珍しいと言えるだろう。
 何しろ、〝魔術社会〟に突入して久しい、二〇六六年七月二十一日現在でも、魔術は専門知識扱いなのだから。

 だが、法陣都市の内部では事情が大きく異なっていた。法陣都市では、魔術は必修科目なのだ。
 言うなれば、黎明学園の。否、法陣都市の住民には、魔術の心得がある。そう断言しても良いだろう。

 その、黎明学園の学科の一つ。儀式科の校舎を急ぐ、人の影があった。

 儀式科の校舎は、見るからに独特な造りをしている。
 隣にそびえ立つ科学科と同様、基本的には近代的なビルの形をしているが、一階部分が横に長く、〝L〟の字に近い。
 特徴的な校舎のメインカラーは茶色で、階層は八つとなっていた。

 影が行くのは六階で、影は青年の姿をしている。
 中肉中背で、紫色の頭を持った青年だ。

 彼が急いでいる廊下は、二年生の教室がある階層でもあり、上の階へと向かっていないことが、彼は高二だとの証明になっていた。

 青年の紺色の瞳は、楕円形のメガネで矯正されている。
 世間一般で、メガネ=理知的との先入観はまだ根強く、彼が歩む校舎が儀式科であることを加味すると、彼は知的な人間と言えるだろう。

 しかし、彼の容姿、表情、行動のことごとくは、とてもじゃないがスマートには見えない。

 彼が纏っている、夏服の上半身。白い半袖シャツは汗だくで、眉根は寄せられ眉間に皺が刻まれている。険しい以外の表現が、適応できない表情だ。

 息遣いは荒く速く、ゼイゼイと途切れ途切れ。繰り返すが、とてもじゃないがスマートには見えない。
 知的労働とのイメージには程遠く、まるで、猛暑の室外で肉体労働を強制されたようにすら見える。

 無理して知的な点を挙げるとするならば、彼が廊下を競歩している点だろう。恐らくは、校則で疾走が禁じられているのだ。
 律儀に校則を守っているところだけは、酷く真面目そうに映る。

 唇を青紫色にして、つまり、今にも倒れそうな様子でラストスパートをかけた青年は、ついに目的地に辿り着き、その扉を開けた。

 既に、彼以外の生徒全員が席に着いている。ここは二年A組の教室だ。
 正面と背面にボード型の端末が取り付けられ、生徒の座席は個々に並び、列を成していた。

 正面から見て右。窓際にある自分の席に、彼が崩れ落ちるように着席した直後。

「よーし。全員揃ってるな? 今日も楽しい補習の始まりだ」

 担当教師が入室するなり、こう言った。

「取りあえず、三階のコンピュータルームまで移動な」

blackletter
グループ名

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作者

虹元喜多朗

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