第二章:血の契約――8
☆ ☆ ☆
政は、余りの羞恥心から逆に青ざめていた。
「ワタシとしては、縞パンは幼さが際立って正統派だと思います。ですが、紐パンは紐パンで、ギャップ効果が萌えると思うのですが……」
それもそうだろう。もし、女性下着売場で、年下ロリータ少女にこんなことを言われて、平常心保てる男子がいたとしたら、今すぐ弟子入りしたい。
そして、その奥義を懇切丁寧に、できるだけ短時間で修得させてほしいものだ。
「少女らしさを前面に押し出した、可愛い系ファッションと、少女でありながら背伸びした、健気系ファッション。――どっちが興奮します?」
「ツッコミどころが多過ぎるわ!!」
「ツ、ツッコミどころが多過ぎる!? 何て大胆な……!!」
「そうじゃない! 断じてそんな意味じゃないぞ!! どうやったら、そこまで破廉恥な曲解ができるんだ!?」
「ワ、ワタシ……! でも、政になら、全てを――」
「何時まで妄想に浸っているんだ、戻ってこい! あっ! ち、違いますからね! この子、ちょっと倫理観〇で暴走してるだけなんです! だから、通報とかしないでくださいね!?」
場所が場所だけに、割合一〇〇パーセントの女性客が、一様にひいている。
仕方ないことだ。多分、自分がこんな状況を目の当たりにしたら、彼女たちと同じく蔑みの視線を送りながら、こう思うだろう。変態がここにいるぞ、と。
弁解させて貰ったら、変態なのは紛れもなくこの恥女であり、自分は完全に巻き込まれているだけの被害者なのだ。でも、
絶対に信じて貰えない自信がある。
ドグマは、見た目オンリーで幼気な美少女なのだから。
(趣旨を思い出してくれ、ドグマ! オレたちの目的は着替えを選ぶことであって、それは即ち、目立たないためなんだ。現時点では、その目的から考えたらマイナスの方向に直進している!)
耳元に手を遣って、声を潜めながら忠告をする。
目立たない観点から言ったら、完全に目立ちまくっている現在の状況は、逆方向に全力疾走していると例えて違いない。
(だから好い加減、夜の営み関連から離れてくれ! これ以上目立ってどうするんだ!)
(ま、政……、耳元で囁かれると、感じ……)
(もう良い! 黙れえぇぇぇ――――っ!!)
――それから、二〇分後。
ようやく真面目に見定めを始めたドグマは、思った以上に手早く、ニパターンのコーディネートを選択した。
ぶっちゃけ、そんなサッサと決められるなら、始めからそうしてほしかったものだ。大きな大きな誤解が生まれる前に。
コーディネートの一つは、藍色のワンピース。
もう一つは、灰色のパーカーに紺のスカートを合わせるというもの。
どちらもフードが付随しているのは、緊急時に顔を隠せるからか、それとも好みなのか、何れにしても悪くない。
ドグマは、二種類の衣服を試着室にセットしながら、尋ねてきた。
「政は、どちらが好みですか?」
「オレ? オレが決めるのか?」
「政にお支払をして貰うのですから、当然です。ワタシを好みの格好にしてください」
――また、際どい発言を……、
だが、正論ではある。
未だに信じ難いが、ドグマはこちらのことを熱愛しているようで、それはここ二、三〇分の出来事から考えたら、真実味を帯びていた。
その上、服の代金は全額政負担だ。
意外にと言ったら失礼だが、ドグマは気配りならできるようで、自分の立場を理解しているらしい。匿って貰う方、との立場を。
「お値段の方は確認しなくても良いのですか?」
「いや、それは……」
「ワタシは助けられているのですから、それだけで十分です。値段を確認するなんて男らしくないなあ、などとは微塵も思いません」
そんな性格からか、彼女は男としてのプライドがへし折れないよう、気遣いしながら言ってくれた。
正直、ありがたい話だ。こちらは、特売の生卵一パックのために、奔走する貧乏学生。衣服の一着二着で、生活が困窮する台所事情なのだから。
「政は、ワタシのために身を挺してくれているのですから、今更、幻滅する理由はどこにもありません」
「悪い、ドグマ。じゃあ、お言葉に甘えるよ。今日の昼食どうしようとか、実は本気で悩んでいたんだ」
言いながら、値札確認のために、試着室へと侵入。
背後で音がしたのは、値札を手にした直後だった。
「…………は?」
シから始まる軽い音だ。
それは説明するまでもなく、カーテンが閉められた音で、だが、何故閉められたのか、サッパリ分からない。
それでも、誰が閉めたかは瞬時に分かる。
錆び付いたノブを捻るように首を後ろへと向けると、やっぱりドグマがニコニコと口の端を上げていた。どうやら嵌められたらしい。
「何を考えているんだ? ドグマ」
大声を張り上げなかった自分を称賛したかった。状況からして、叫んだらゲームオーバーだから。
しかしながら、質問の声は若干の引き攣りを持っていた。いや、当たり前だ。平常心でいられるシチュエーションではない。試着室に男子と女子。どうやったら落ち着けるというのだろう?
「んふふふ……。二人っきりですね?」
視覚と聴覚に異常がないとしたら、ドグマの様相にも発言にも、負の要素はない筈だ。それでも、異常はあるだろう。こちらは正常だから、ドグマに異常があるのだ。と言うか、彼女は異常なのだ。主に、性癖の部分が。
何しろ、自分はドグマから〝黒い何か〟を感じるから。
(それはそうだろう! キミが閉じ込めたんだ! 二人っきりじゃないとおかしいし、二人っきりの状況もおかしい!)
声を潜めながら、政は詰め寄る。
(こ、これじゃあ、出ように出られないじゃないか!)
(はい。今出たら、確実に白い目で見られますね)
(嬉しそうに言うな! 今度は何を企んでいる!?)
(ええ、衣服を選ぶ際は、寸法も重要ですよね?)
ですから。と、どこからか持って来たメジャーを引き伸ばしながら、心の底から楽しそうに、
(身体測定を、お願いできますか?)
と手渡してきた。
待て。いろいろとツッコミどころ……もとい、疑問点が多過ぎる。
取りあえず言っておく。これは、女の子の発言として正しいか?
(ドグマ? 昨日、スリーサイズがどうのこうの言ってたよな? 自分で把握してるんだろ?)
(ほら。成長期じゃないですか)
(服も自分で選んだよな? 既に。寸法分かってんだろ?)
(念のためですよ。ワタシの目測に狂いがあるかも知れません)
それに、
(こんな禁断めいたシチュエーションで、イチャつかずに何としますか)
(OK。それが本音だな?)
深く深く溜め息を吐いて、渡されたメジャーを更に引き伸ばす。
どのみち、ここから脱出する手段はない。一人で出てきたら、通報ものだ。誰かが下着売場でとち狂ったせいで、フラグも立ってることだし。
ならば、とっとと終わらせよう。そう、心を殺して。これは、修行の一貫なのだ。煩悩を抑えるための苦行なのだ。そう思え、月詠政。
セルフトークを施しながら、ドグマの胸囲にメジャーを回した。
(――七〇)
(小さな胸は好きですか?)
(ノーコメントだ。統計的に、日本人は好きな人が多いそうだけどな)
動揺を悟らせないよう、感情と表情を殺しながら素っ気なく答える。
本音を晒すと、女子の胸囲を測るなんて、禁断的で悶えそうなのだが、年下少女に手込めにされるのは少し悔しい。
よくよく考えたら、矛盾極まりないが、ドグマは面白くなさそうに頬をむくれさせて、むう……と、唸る。彼女の思考回路はどうなってるんだ?
(分かりました。じゃあ、次は股下をお願いしますね?)
(はいはい。股下ね。お安いごよ……)
……股下……?
(待て、ドグマ! そ、それは、ダメだ! 流石に!!)
(何故ですかぁ?)
(その疑問が何故だ!? そして、何故笑っていられる!? ま、股下を測るって――)
(簡単ですよ? ローブに腕をツッコんで、足の付け根に押し当てて、舐めるように肌を這わせながら……)
(できるかあぁ――――っ! 完全に犯罪だ!! あと、官能小説みたいな表現を止めろおぉぉ――――っ!!)
マズい。下手に抵抗するんじゃなかった。報復だと言わんばかりに、ドグマが妖艶に微笑んでいる。
後悔しても、後の祭り。片やドグマは、完全に火が点いたようで、
(じゃあ、測りやすいように協力を)
あろう事か、自らローブを掴んでたくし上げ始めた。
(うわあぁぁぁぁ――――っ!? な、なななな何を……)
(ローブに腕をツッコめないのですから、仕方ないでしょう? 今、付け根までたくし上げますので……)
(わ、分かった! 測るからその手を止めてくれえぇっ!!)
ドグマの腕がようやく止まる。だが、既に、彼女のローブは太股の上部まで上げられ、水着の上に纏うスカート並みの、極端な短さとなっていた。
ショーツが見えないのが、逆におかしいくらいだ。と言うか、見えそうで見えない状況が、想像力をくすぶらせて余計にイヤラシい。
(は、早くしてください。少し、恥ずかしいです)
――じゃあ、そもそもやるんじゃねえよっ――!
荒い呼吸を繰り返しながら、ドグマがモジモジと呟いた。彼女の頬は熱を帯び、恥辱からか白い生肌も、微かに桃色に色付いている。
いや、どう考えても自業自得だし、自分の行為に恥辱するって、完全に露出犯の思考なのだが。
(いいか? 大人しくしていてくれよ?)
とても、いけないことをしている気がする。否、いけないこと以外の何物でもない。こちらまでその気になってしまいそうで、男の性を心から呪う。
しかし、ここまで来ては退くにも退けない。何も考えるな。早く終わらせよう。
覚悟を決めて、政はドグマの太股。足の付け根ギリギリにメジャーの先を――、
「ふやんっ!!」
(は、反応するなドグマ! 頼む! 声を殺してくれ!!)
宛がった瞬間、ビクリと震えて、どう聞いても感じている、甘ったるい声を上げた。喘ぎ声だとしか思えなくて、劣情が疼いてくる。
(だ、だって、そこは女の子の――)
(言うなあぁぁ――っ!! 必死に気を逸らしてるんだ! 現実を直視させないでくれ!!)
チキチキとメジャーを伸ばし、肌の上を滑らせていく。短い時間の出来事だ。なのに、永遠に終わりが来ないような、恐ろしい錯覚に襲われた。
(ひ、あ、あぁぁぁ……! 指、冷た……)
――か、可愛い声を上げるな――!
(政ぁ……、ワタシっ、は、恥ずかしくておかしく……)
――お願いだ! 誰か助けてくれ! 本当に、理性があぁぁ――――っ!!
ビクビクと身悶えするドグマ。勘弁してくれ。悶え死にそうなのはこっちなんだ。