第二章:血の契約――10
☆ ☆ ☆
――何だ……!?
政は、三半規管が捕らえた震幅に目を剥いて、鼓膜を震わせる爆音の方へと、視線を向けた。
網膜に焼き付いたのは、遠く先に立ち上る、黒く黒い煙。そして、時間差を以て逃げ来た、群衆だ。
逃げ来る人々は、
「テロリストが現れたぞっ!!」
「七柱軍と抗争してる! 早く逃げろ!」
「何だ!? あんな魔術見たことないぞ!!」
と口々に情報を叫び、共有し、異口同音に退避を促している。
――テロ? あの噂は本当だったのか――!?
ほんの一日前のことだった。その噂を耳にしたのは。そして、その噂は自分の中で、噂として処理されていた。
何故かと問われれば、ドグマと出会ったからかもしれない。
元々、デマだと思っていたし、ファレグ隊が彷徨いていたのも、ドグマを追っていたからだと、無意識に考えていたのだ。
まさか、ドグマと無関係に。つまり、本当にテロリストと争っていたなんて、思ってもいなかった。
「政! 行きましょう!」
何時になく真剣な表情で、ドグマが声を掛けてくる。
先ほどまでのふざけた可愛らしさはどこへやら。
露出狂的な変態加減や、恥女めいた誘い受け属性は、欠片も残っていない。宛ら、当事者になったような、剣呑な雰囲気を漂わせている。
「行く? どこへ?」
「決まっているじゃないですか! 現場にですよ!」
「はあ? どうして、オレたちがわざわざ巻き込まれに行くんだ? どっちかと言えば、逃げる方が……」
「抵抗しているのが、〝魔導司書〟だからです」
十中八九は、と付け足すドグマに、政は当然こう尋ねた。
「な、何でそんなことが分かるん――」
口にしながら、気付く。
さっき、逃げてきた人々の中に、こう言っていたものがいた。――あんな魔術見たことない――と。
つまり、テロリストが扱う魔術は、法陣都市の近代儀式で扱えるものではない。
そして、七柱軍に喧嘩を売るのは、よほどの強者か、ただの賑やかしか、何も考えていない馬鹿。
一方、魔導司書とは、一冊の魔導書の保管者で、契約者の力を借りれば、魔術を行使できる存在だ。七柱軍と同等以上の。
これを強者と言わずして何と言うか?
「魔導司書は狙われる立場で、七柱軍は追う立場です。ならば、魔導司書側が抵抗を見せたらどうなりますか?」
「決まってる! 公務の妨害として危険視されるオチだ。それこそ、軍側が実力行使しても仕方ない。……ならば理屈の上では、報復にテロ行為を執っても、無理はないよな!」
でも、
「オレたちは無関係じゃないか? オレたちは身を潜める方が賢明だろう?」
「確かに、関係はありません。ですが、同じ魔導司書である以上、放ってはおけませんよ! テロ行為を見過ごすことも、同類が狩られるのを傍観していることも、ワタシにはできません!」
それに。と、挑発にも似た、眉を立てた強気な笑みで、
「ヒーローデビューのチャンスですよ?」
ドグマが焚き付けてくる。
「小っ恥ずかしいこと言わないでくれよ。……本当に、良いんだな?」
パートナーの首肯を確認して、
「よし、行くぞ!」
政は、戦場へと駆け出した。