第四章:ドグマの嘘――3
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黎明警察署は、法陣都市南部〝軍部区画〟に所在を置く、〝黎明島〟唯一の警察署である。
軍部区画とは、法陣都市の法と秩序を守る、正義の区画だ。
七柱軍の駐屯地、及び、〝七柱軍軍部学校〟が設けられ、隊員と隊員候補が日々訓練に明け暮れている。
その中央にそびえる、灰色の六階建て。それが黎明警察署だ。
黎明警察署は、魔術の街に設けられただけあって、頑強なセキュリティを誇っていた。各署員にはカードキーが配給されており、それがなければ移動もままならない。
その傾向が顕著なのが、地下一階の留置所である。
「……ダメ、力の流れを、感じない」
留置所には、牢屋が一〇部屋設置されていた。
牢屋の内装は、寂しいものだ。白い壁紙で覆われた方形の中には、ただ二段ベッドが二つあるだけ。
最大四人の犯罪者の、収容が可能な牢屋の中には、しかし、三人しかいない。
牢屋の中央に直立したフィロと、彼女の隣に立つ哲也。そして、二段ベッドの下の方に腰を落ち着け、ただ項垂れている政だ。
ドグマの姿は見受けられない。
「つうことは、霊脈移動は使用不能ってことか」
留置所内には、〝魔導回線〟が整備されていなかった。当然のことだ。
法陣都市の住民は、揃いも揃って魔術の心得がある。つまりは、犯罪者も術士たり得ることになる。
ならば、留置所にまで回線を繋げば、どうぞ脱獄してください、と張り紙して電動ドリルを手渡すことと同義だ。
よって、地下一階の留置所と、地下二階の独房では、〝七霊の書〟の魔術は機能不全である。
哲也が舌打ちし、だが、直ぐさま気を取り直した。
「だが、空の書の〝精霊魔術〟は何時も通り使えるだろう。この扉をぶち壊すのは問題ねえ。派手な行動は慎みたいがな」
「――アンタ、何考えてるんだ?」
項垂れたまま、政が問う。
その声には、微塵の覇気もなければ活気もない。生命力すら排除された、死人の呻きにしか聞こえなかった。
ドグマに告げられたことが、よほどショックだったのだろう。
「これ以上、荒事を起こさないでくれ。オレたちは、一日拘束されたら自由の身になるんだぞ? 今、脱獄でもしようもんなら、完全に犯罪者扱いだ。大人しくしていよう」
一日間の拘束。それが、三人に課せられたペナルティだった。
ペナルティと言っても、たった一日牢屋の中で大人しくしていなさい。と言う、易し過ぎる内容である。
とても、テロリストに対して不相応な罰だ。
ペナルティの軽減は、ドグマの取引の成果であった。
彼女は、自分の身を捧げる代わりに、三人の人生を救ったのだ。
そのドグマ自身は、地下二階の独房に入れられた訳だが。
「そうしたいのも山々だがな。このままドグマを見捨てる訳にはいかねえんだよ。オメエも本音はそうなんだろう?」
「はあ? 何でだよ?」
「……あん?」
投げ槍に応えた政に、哲也が露骨に不愉快な表情を見せる。
不良風の彼にしては、不良然とした、剣呑な顔つきを。
「何故? オレが? ドグマを? ――オレは、あの子に利用されてただけなんだぞ?」
「オメエ。……本気で言ってんのか?」
今にも食って掛かりそうな雰囲気を、哲也が醸し出す。
フィロが彼の袖を引き、制止した。彼女にしては慌てた様子だ。
「哲也。政くんは、知らないだけ」
「そう、か。そうだよな。じゃねえと、あんなこたぁ、ふざけていても口に出せねえからな」
哲也の拳が震えている。握りしめた掌には、爪が食い込んでいた。
興奮気味の呼吸は荒く、だが、フィロの制止によって、辛うじて噴火は免れたようだ。
逆説的に言えば、フィロがいなければ、哲也は政に躊躇いなく拳を振るっていただろう。
そんな緊張状態の空気の中、それでも政は項垂れている。
「政。オメエ、これからドグマがどうなるか。分かってねえな?」
「どうなる?」
自嘲気味に息を零し、政は応えた。
「血液を少しばかり抜かれて終わりだろう?」
「やっぱりそうか。ドグマはオメエに言わなかったんだな?」
「……何を」
「魔導司書の宿命だよ」
「宿命?」
ようやく、政が顔を上げる。
哲也は、歯を軋らせながら告げた。
「あの子はな。――これから処分されるんだよ」