第四章:ドグマの嘘――3

          ☆  ☆  ☆

 黎明警察署は、法陣都市南部〝軍部区画〟に所在を置く、〝黎明島〟唯一の警察署である。

 軍部区画とは、法陣都市の法と秩序を守る、正義の区画だ。
 七柱軍の駐屯地、及び、〝七柱軍軍部学校〟が設けられ、隊員と隊員候補が日々訓練に明け暮れている。

 その中央にそびえる、灰色の六階建て。それが黎明警察署だ。

 黎明警察署は、魔術の街に設けられただけあって、頑強なセキュリティを誇っていた。各署員にはカードキーが配給されており、それがなければ移動もままならない。
 その傾向が顕著なのが、地下一階の留置所である。

「……ダメ、力の流れを、感じない」

 留置所には、牢屋が一〇部屋設置されていた。
 牢屋の内装は、寂しいものだ。白い壁紙で覆われた方形の中には、ただ二段ベッドが二つあるだけ。

 最大四人の犯罪者の、収容が可能な牢屋の中には、しかし、三人しかいない。
 牢屋の中央に直立したフィロと、彼女の隣に立つ哲也。そして、二段ベッドの下の方に腰を落ち着け、ただ項垂れている政だ。

 ドグマの姿は見受けられない。

「つうことは、霊脈移動は使用不能ってことか」

 留置所内には、〝魔導回線〟が整備されていなかった。当然のことだ。

 法陣都市の住民は、揃いも揃って魔術の心得がある。つまりは、犯罪者も術士たり得ることになる。
 ならば、留置所にまで回線を繋げば、どうぞ脱獄してください、と張り紙して電動ドリルを手渡すことと同義だ。

 よって、地下一階の留置所と、地下二階の独房では、〝七霊の書〟の魔術は機能不全である。

 哲也が舌打ちし、だが、直ぐさま気を取り直した。

「だが、空の書の〝精霊魔術〟は何時も通り使えるだろう。この扉をぶち壊すのは問題ねえ。派手な行動は慎みたいがな」
「――アンタ、何考えてるんだ?」

 項垂れたまま、政が問う。
 その声には、微塵の覇気もなければ活気もない。生命力すら排除された、死人の呻きにしか聞こえなかった。

 ドグマに告げられたことが、よほどショックだったのだろう。

「これ以上、荒事を起こさないでくれ。オレたちは、一日拘束されたら自由の身になるんだぞ? 今、脱獄でもしようもんなら、完全に犯罪者扱いだ。大人しくしていよう」

 一日間の拘束。それが、三人に課せられたペナルティだった。
 ペナルティと言っても、たった一日牢屋の中で大人しくしていなさい。と言う、易し過ぎる内容である。
 とても、テロリストに対して不相応な罰だ。

 ペナルティの軽減は、ドグマの取引の成果であった。
 彼女は、自分の身を捧げる代わりに、三人の人生を救ったのだ。

 そのドグマ自身は、地下二階の独房に入れられた訳だが。

「そうしたいのも山々だがな。このままドグマを見捨てる訳にはいかねえんだよ。オメエも本音はそうなんだろう?」
「はあ? 何でだよ?」
「……あん?」

 投げ槍に応えた政に、哲也が露骨に不愉快な表情を見せる。
 不良風の彼にしては、不良然とした、剣呑な顔つきを。

「何故? オレが? ドグマを? ――オレは、あの子に利用されてただけなんだぞ?」
「オメエ。……本気で言ってんのか?」

 今にも食って掛かりそうな雰囲気を、哲也が醸し出す。
 フィロが彼の袖を引き、制止した。彼女にしては慌てた様子だ。

「哲也。政くんは、知らないだけ」
「そう、か。そうだよな。じゃねえと、あんなこたぁ、ふざけていても口に出せねえからな」

 哲也の拳が震えている。握りしめた掌には、爪が食い込んでいた。
 興奮気味の呼吸は荒く、だが、フィロの制止によって、辛うじて噴火は免れたようだ。
 逆説的に言えば、フィロがいなければ、哲也は政に躊躇いなく拳を振るっていただろう。

 そんな緊張状態の空気の中、それでも政は項垂れている。

「政。オメエ、これからドグマがどうなるか。分かってねえな?」
「どうなる?」

 自嘲気味に息を零し、政は応えた。

「血液を少しばかり抜かれて終わりだろう?」
「やっぱりそうか。ドグマはオメエに言わなかったんだな?」
「……何を」
「魔導司書の宿命だよ」
「宿命?」

 ようやく、政が顔を上げる。

 哲也は、歯を軋らせながら告げた。

「あの子はな。――これから処分されるんだよ」

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

作品目次
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