第四章:ドグマの嘘――4

          ☆  ☆  ☆

「……処分?」

 哲也は、政の表情の変化を見逃さない。
 一旦、驚きに目を見開き、しかし、次の瞬間には力のない笑みとなった。

「冗談だろ?」

 空虚な笑みだ。その目は何の光も宿さず、口元は固定されたよう。笑い声を発せども、その声は余りにも乾いている。
 この笑みが表すのは、喜でも楽でもない。現実逃避の症状の一つだ。

「こんなときに、俺が冗談言うと思ってんのか?」

 だから、哲也はあえて、感情を抑えなかった。
 もはや、爆発するとかそんな次元はとっくに超えた、ただ熱量を発するだけの怒り。言うなれば、それは太陽。

 気圧されたように、

「思わない」

 ポツリと、政が呟く。

「考えて見ろよ。魔導司書から魔導書を得る。何を目的にするか、つったら、魔術の汎用化のためだろ?」

 代表例が、この法陣都市だ。
 法陣都市は〝七霊の書〟の魔術を、都市の技術とした街。都市機能に、汎用化した魔術を適応させた街だ。

「汎用化された魔術は、一般技術に加工される。だが、だとしたら、妨げになる異物が残る」
 それは、
「魔導書のオリジナル。魔導司書だ」

 魔術の汎用化は、言うなればオリジナルの模造品を生み出す行為だ。だからこそ、オリジナルの存在が邪魔になる。

「汎用魔術は、飽くまでコピーだ。オリジナルには完成度で敵わねえ。ともすれば、オリジナルは汎用魔術の支配者になるかも知れねえ」

 何故ならば、オリジナルはコピーを超えているからだ。制御下におけると、言い変えても良い。

 つまり、汎用魔術では魔導司書を傷付けられず、汎用魔術が都市を造れば、必然、その王は、魔導司書になる。

「だったら、対策は二つだけだ」
 一つ、
「オリジナルの魔導司書を処分する」
 あるいは、
「魔導司書の契約者を葬り去る」

 魔導司書が魔術を行使できる限り、汎用魔術は完成しない。だから、オリジナルの魔導書を封じる必要があるのだ。
 即ち、魔導司書自身か、その契約者の排除。

 飽くまでも推測の域は超えないが、ドグマが己の身を省みず、スクランブル交差点まで来てくれたのは、こちらを逃がすためだろう。
 同じ魔導司書なのだから、フィロが捕らわれたらどうなるか、分かっていたのだ。

 黙りを決め込んでいた政が、ようやく口を動かした。ぎこちなく、引き攣り、痙攣を起こしつつも。

「じゃあ、こう言うことか? ……ドグマは、オレを助けるために、自分を犠牲にしたって……?」

 何も言わず、哲也はただ頷く。
 思い返せば、ドグマは自分の運命について一言も語っていない。寧ろ、政に説明しようとした哲也を、強い目で黙らせた。

 それは、偏に、

「始めから、そうなったとき。政くんを、助けるため」

 フィロが言ったことが答えだろう。

 三人の身分が公開されるか否か、追い詰められた状況だった。
 あのとき、もしも、政の身分が公開されたら、政は世界中の魔術肯定派から、命を狙われることになったのだから。

「何でだよ? ドグマは、何で、オレを? 自分の命を投げ捨てて、何故、そんな?」
「ああっ!? まだ寝惚けてんのかよ、オメエはよおっ!!」

 信じられないと言いたげに疑問する政に、哲也は遂に叫んだ。

「んなもん、オメエが一番分かってる筈だろうがっ!!」

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

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