第四章:ドグマの嘘――6

          ☆  ☆  ☆

 独房の中は、余りにも無機質なものだ。
 白いキューブの内側に、シングルベッドを一つ置いただけ。独房自体にも、その前室にも、電子錠付きの扉があり、二重のセキュリティで外界との連絡が遮断されていた。

 まあ、この独房は、凶悪犯専用に造られた、個人仕様の牢屋らしいから、当然ではあるけれども。

「ワタシの人生も、これでお仕舞いですか」

 独房の中。ベッドに腰掛けつつ、ドグマは終わりを感じていた。

 既に、魔導書のテキストデータ解読用の血液は、提供済みだ。
 テキストデータ解読には、専用の解読装置が必要で、解読された塩基配列をビット配列に変換する作業も要する。

 そのため、専門の機関に頼らねばならず、解読が完全に終わるまでは自分の命も保障されるが、解読が無事完了すれば、問題なく処分されるだろう。

 それよりも。そんなことよりも。苦しいと思うのは、

 ――政に、嫌われてしまいましたよね……。

 それで良いと、言い聞かせた。政に嫌われれば、自分が死んでも悲しむことはないだろうと。
 ちゃんと、自分を忘れてくれるだろう、と。

 だから言った。自意識過剰だと。誰でも良かったと。
 それを聞いた、彼の表情を見ることができなかったけれど、隣にいるだけで、酷く傷付いたと分かった。

 悲痛な顔をしていると、目にせずとも。

 彼の夢に付け込んだことは事実だ。彼の夢を叶えれば、契約も結んでくれる。そんな、打算をしたのは本当だった。

 でも、

 ――嘘を吐きましたが、それ以外も本当だったんですよ――?

 今更だけれど、好きになったことも、その思いを信じてほしかったことも、事実だったのだ。

 ――困っている女の子を放っておけるほど、悪人でもなくてね――。

 そう言われて、どれだけ嬉しかっただろう。
 独りぼっちで、逃げ続けてきた自分に、たったそれだけの理由で手を差し伸べてくれた。その優しさと温かさに、どれだけ救われたか、彼は気付いているだろうか?

 ……だけど、間違いだったんでしょうか……?

 思えば、契約などしなければ、彼が巻き込まれることはなかった。
 思えば、好きになんてならなければ、自分はまだ逃げ続けていられた。

 思えば、彼に出会ったそのことは――、

「――ドグマ」

 そのときだった。

「迎えに来たよ」

 彼の声がしたのは。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

作品目次
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