第五章:魔女――5
☆ ☆ ☆
沈黙の中、魔美の説明だけが、聞こえていた。
「我が求めていたのは、法陣都市を滅ぼすことが可能な魔導書だ。そして我は君を見付け、君を捕らえた」
「――っ!! 俺が抱いた違和感は、そう言うことだったのか!」
哲也が、吐き捨てるように感想を作る。
彼が思っていた疑問。何故、テロリスト容疑を掛けられている自分たちよりも、ドグマたちに対しての圧力が強いのか?
それは、魔美の仕業だった。
魔美が求める魔導司書が、ドグマであったためだ。魔美が、何としてもドグマを捕らえると、力を注いだ結果である。
「〝理の書〟は、魔術エフェクトを改竄する魔導書。〝改竄詠唱〟を用いれば、この〝黎明島〟を支える〝錬金工業〟の悪用も狙える」
黎明島の構築においては、錬金工業と呼ばれる〝科学魔術〟がキモだ。
黎明島の主な材料は〝炭素繊維〟である。
炭素は、分子構造により硬度や靱性が変化する性質を持つ。
黎明島は、その性質を応用し、科学魔術による最適化を行う。即ち、強靱性を最高の状態で保っているのだ。
しかし、炭素の強靱性が構造により変化すると言うことは、逆に、とても脆くすることも可能と言える。
「つまり、この人工島を支える炭素素材を、黒鉛に変換するだけで、自らを支えきれず沈没すると言うことだ」
魔美は気付いていた。
延々、法陣都市を滅ぼす方法を考え続けていたため、ドグマと政が操る魔術を見た瞬間、その魔術が、自分の目的を果たすものだと分かったのである。
だから、ドグマの魔術の危険性も理解できたのだ。
「その方法は、今や、我の頭に刻み込まれている。先刻、〝科学区画〟から君の魔導書のテキストデータが送られてきたのだ」
ゆえに、
「今、君に逃げて貰う訳にはいかないのだよ。魔術発動の情報処理を、君に行って貰いたいからね」
「なるほど。つまり、アナタは〝DNAコンピュータ〟である、ワタシの使用権を得た。と言うことですか」
現在、ドグマと魔美の関係性は、〝血の契約〟を半分終えた、と言い換えることができる。
本来、魔導司書の魔術を行使するには、血液の摂取による魔導書の理解と、契りの儀式によるユーザー登録が必要だ。
魔美はその半分。血液摂取を、テキスト解読により代行した。
「ですが、それだけです」
ドグマが強気な口調で告げた。
「確かにアナタは、ワタシの魔導書を理解したことでしょう。しかし、ワタシの契約者は政だけです! 契りを行っていないアナタには、ワタシたちの絆まで奪うことは敵いません!」
飽くまでも、ドグマの契約者は政である。
たとえ、彼女がドグマを利用して、魔術の発動に成功したとしても、直ぐさま正規契約者の政が、止めに入るだろう。
「ああ。そうだろう」
それでも、魔美は迷わなかった。
彼女の自信がどこから来るのか、ドグマには分からない。一挙手一投足を見逃すまいと、ドグマは魔美の動作を凝視する。
「だから、こうするのだ」
魔美の紅の双眸が、怪しげな輝きを放った。
『邪眼(イービル・アイ)』
彼女の発する異様な気配に、政と哲也とフィロが身構えた。だが、ドグマは動かない。
身構えた三人は、しかし、何も起きないことを確認すると、訝しげな表情を浮かべながらも構えを解く。
否。何も起きていないことは、なかった。ドグマが動かない。
「ドグマ?」
政が声を掛けるが、彼女は動かなかった。沈黙を保ちながら、ただ身を立てているだけだ。
「ドグマ? ドグマ!? どうしたんだ! 何か言ってくれ!!」
それでもドグマは何も言わない。その瞳は焦点を定めず、夢見るようにぼんやりとした様子で、佇んでいる。
「ドグマ・ルイ・コンスタンス。我の声が聞こえるか?」
ただし、
「……はい」
魔美の呼び掛けに、彼女は静かな口調で応えた。