第五章:魔女――7
☆ ☆ ☆
『使い魔使役(コール・ファミリア)』
魔美が唱えると、青白い幻影が出現する。
幻影は獣の形を持っていて、その姿は狼に近い。
影の書は、魔女の術式を綴った魔導書だが、魔女は〝使い魔〟と呼ぶ、獣を従える力を持っていたとされる。
〝使い魔使役〟は、そんな魔女の能力を忠実に再現した。〝魔力〟を半実体化し、仮初めの命を与えたのだ。
『ノーム・エンプレイ!』
対する哲也も唱えた。
地属性の精霊〝ノーム〟の加護により、コンクリートの構成・形状を変化させる。
結果、生じたのは三つの武装だ。武装の二つは短剣の形をしていた。
地の精霊が鍛え上げた、二対の片刃刀を握り、
「俺は、前戦で突破口をこじ開ける! 政、オメエは殿だ! 頼むぞ!」
「って、オレぇっ!?」
素っ頓狂な絶叫が、黄昏の空に響く。
見れば確かに、政の傍らには、武具が形成されている。長い柄と、日本刀に似た刃。所謂、薙刀だ。
「オ、オレ、実戦経験なんかないぞ!?」
とはいえ、彼の弁明通り、政は平穏に暮らしてきた一住民である。喧嘩ぐらいならしたことはあるだろうが、とてもじゃないが、肉食獣とやり合ったことはない。
「仕方ねえだろう! 人手不足なんだ!」
言ってる間に、使い魔たちは配置に就いていた。四匹の狼は、哲也へと駆け迫り、残り二匹は後方。政の左右にポジショニングしている。
「オメエも自分の手でドグマを助けてえだろっ! 気ぃ利かせてリーチのある薙刀を鍛えてやったんだ、根性見せろ!」
薙刀は〝女の武器〟とも称されるが、有力な武器だ。
哲也の言う通り、リーチが大きなスペックであり、遠心力も利用すれば威力も跳ね上がる。
懐に飛び込まれると致命的だが、近接戦闘オンリーな狼の相手をするならば、悪い選択肢ではない。
発破を掛ける哲也の方で、戦闘が始まった。
先陣を切るように、一匹の狼が、哲也の右側から牙を剥いたのだ。
哲也は右足を滑らせ、右半身を引く。その動きを溜めとして、
「ああぁぁぁ――っ!!」
逆手持ちにした、右手の短剣で一閃する。
切り裂かれた狼が、空に溶ける。どうやら、一定のダメージを受けると、魔力の姿に戻るようだ。
陽炎と消える使い魔の影から、更に二体の狼が迫った。
狼は、群れでの狩りを得意とする。生物として考えたら当然だが、一匹目は囮だったらしい。
だが、哲也は焦らなかった。
戦い慣れているのか、アッパーカット気味に振り上げた短剣を、引き戻す動きで、狼に突き立て、続け様に左の短剣で、後発の狼を刈り取る。
一方、後方でも、戦いは行われていた。
「くっ……!」
前線とは違い、静かな戦いだ。
薙刀を構えた政が、ユラユラと彷徨く二匹の狼に、全神経を集中させている。
それもそうだ。狼たちは、リーチを武器とする薙刀に、迂闊に近付くことはできない。何しろ、射程が段違いだ。下手に特攻を掛けようものなら、切り捨てられてお仕舞いである。
しかし、懐に至れば狼たちの独壇場だ。ゆえに、政は集中を解かず、狼たちは機を窺っている。
政の頬から、汗が一粒したたり落ちたとき、ついに、痺れを切らせた狼が飛び込んだ。
「うわああぁぁっ!!」
政が、構えた薙刀で突きを放つ。狼は、弧を描く動きで、刃を紙一重とした。
刃を潜られた。政が思い、瞬間、体を回す。
「……らあぁぁぁぁ―――――っ!!」
回避された、左側面へと体を捻ることで、無理矢理に刃を入れる動きだ。
技というよりは、咄嗟の反射と言える、気迫の一撃で、政が一匹の使い魔を切り伏せた。
しかし、
「くそっ! 延々と出てくるじゃねえか! 嫌になるぜ!!」
魔美の従える使い魔は、次々と生み出されていく。魔力のある限り、戦力は潰えないらしい。
それでも、抵抗は無意味ではなかった。少しずつ。だが、着実に、魔美との距離が削られていく。
魔美の方も、策を練らずにはいかなかった。
「ふむ。保護団体の一員とあって、経験は積んでいるようだな。……では、これならどうだ?」
パキンと、指が鳴る。
その音を合図として、狼たちの配置が一新された。先ほどの陣形の、前後を逆にしたフォーメーション。
つまりは、
「よ、四匹!? 無茶言うなよっ!!」
戦闘経験に乏しい政に、集中攻撃を仕掛けるものだ。
使い魔が二匹の状況でも精一杯だった政に取っては、致命的とも言える戦力差である。
「心配すんな! 忘れたのかよ? こっちにも魔導司書がいるんだぜ!?」
それでも哲也は焦らなかった。
視線を背後へと走らせて、政との間にいたフィロに、アイコンタクトを送る。
フィロが後ろへ振り向いて、哲也が唱え、
『サラマンダー・エンプレイ!』
精霊の加護により、炎を生んだ。
炎は、宛ら生きた鞭のように、使い魔たちを打ち据え、巻取り、呑み込んでいく。
フィロの役目は、補助らしい。前戦の哲也、後方防衛の政、その両者をバックアップする役目だ。
フィロのお陰で、政は危機を脱し、前方へと視線を戻した哲也が気付く。
フォーメーションの変化によって、前戦が手薄となっていたのだ。
「お、らあぁぁぁ――――っ!!」
これぞチャンスだと言わんばかりに、雄叫びを上げながら、哲也が前進する。
左右から迫る使い魔二体をものともせず、刹那に切り捨てて、一気に魔美との隔たりを縮めた。
焦ったのは魔美の方だ。
彼女は、バックステップを踏みながら、新たに生んだ使い魔で、前戦を固める。
舌打ちを挿み、さらに、
「行けっ!」
新たな形をした、使い魔を呼ぶ。
その姿は大鳥だ。色は青白いが、大柄の烏と言うところか。
二匹の大鳥型使い魔が、空を行った。流石に薙刀を手繰る政でも、空にまでは届かないだろう。所謂、制空権である。
再び、前戦での格闘を始めた哲也が吠えた。
『シルフ・エンプレイ!』
凪いだ大気が暴れ出す。乱気流が空の使い魔を翻弄し、死鎌にも似た真空刃が、二羽を両断した。
留まることのない戦場。延々と湧き出てくる使い魔と、三人の戦い。ともすれば、終わりがないとさえ思えてしまう。
しかし、打開を見出したのは政だ。
「哲也、分かったぞ!」
「何がっ!」
「使い魔の制限だよ! あの使役術には、最大数が存在するんだ!」
確かに、疑問点はあった。
魔美の使役する使い魔は、魔力を変換したものだ。ならば、魔力が尽きない限りは、使い魔も尽きないことになる。
だが魔美は、使い魔の大群による圧殺戦法を執ってはいない。考えてみればおかしな話である。数に限りがないならば、物量で一気に攻め切れた筈なのだ。
だとしたら、使い魔の使役にも一定のルールがあると言うことになる。
政が続けた。
「その数は六匹! 思い出してくれ、狼の陣形を変えたときも、鳥形の使い魔を作り出したときも、使役していた絶対数は変わっていない!」
その通りだ。
始めの陣形は、前×四、後ろ×二。続いて、前後を逆転し、空からの攻めも交えた、現在の陣形が為された。
しかし、移り変わる戦況の中、使い魔の数は一定を保っている。
ならば、
「防御なんか気にする必要はないんだ! 一気に攻めきれば良い!!」
「よし! メガネらしい、知的な活躍だ!」
哲也が、ニヤリと歯を剥いて、殿の政が前戦まで駆け上がっていく。さらに、
『サラマンダー・エンプレイ! シルフ・エンプレイ!』
詠唱が二つ、高らかと唱えられた。
スクランブル交差点で見せた、火の精霊と風の精霊の合わせ技だ。
灼熱の業火が、莫大な大気流を餌にする。炎は酸素が好物だ。当然ながら、風属性の魔術とは相性が良い。
暴風を喰らい、灼炎が渦を巻く。赤い竜巻は、やがて、群れを成す大蛇の如く、その顎を開いた。
そして貪る。
貪欲に、無慈悲に、強欲に、使い魔たちを一匹残らず暴食した。続けて新たな使い魔を生み出そうと、無尽蔵な食欲を誇る炎の蛇たちに、呑み込まれるのが定めだろう。
哲也と政の視界が、クリアになった。その先には魔美がいる。
防衛ラインを突破された彼女は、憂鬱げに息を吐いた。
「やれやれ。最後くらい、スマートに勝ちたいと思っていたのだが、そうも言ってはいられないな」
二人が、駆け出そうと重心を落としたとき。
『天候術(ウェザー・コントロール)』
魔美が唱えた。