第五章:魔女――8
☆ ☆ ☆
魔美は、駆け迫ろうとした二人が、慌てて足を止めるのを見る。
彼らは天を仰ぎ、
「…………雷、雲?」
呆然と呟いた。
今や、黄昏時の空は、明かりを奪われ、闇夜のような漆黒へと景観を変えている。
原因は、そう、雷雲だ。
「〝天候術〟。名前の通り、天候を支配する、影の書の大技だ」
天候術は、大気流や湿度の調整により、気象をコントロールする魔術。
昼夜の逆転、季節の無視、大規模災害の発現など、摂理を無視したものは不可能だが、雷を一発落とすくらいならば、訳はない。
分類で言えば、空の書に取っての〝霊脈移動〟に親しく、魔力消費の激しい文字通りの切り札だ。
ゆえに、他の術式との併用はできないが、
「流石の君たちでも、落雷には勝てるまい」
一撃で決めれば問題もないだろう。
自然災害を前にしては、人間の力など微々たるものだ。
「はっ! 何かと思えば、ビビって損したな!」
だが、どう言うことか、蓮葉哲也が鼻で笑う。
「忘れたのかよ、隊長さん? 俺とフィロが扱う魔術は何だった?」
言われるまでもない。何度も目にしている。
彼らの空の書は、空間に満ちる〝エーテル〟を操ることで、空間転移及び、精霊を使役するものだ。
精霊を使役する魔術は〝白魔術〟や〝自然魔術〟とも呼ばれ――、
……自然魔術?
「忘れたようなら見せてやる。俺たちの精霊魔術をな!」
蓮葉哲也が唱えた。先ほどと同じく、連続の詠唱だ。
『シルフ・エンプレイ! ウンディーネ・エンプレイ!』
――まさか――!
魔美は焦った。どうやら、勝利を急ぎすぎたらしい。
天候術は、大気流や湿度の調整により、気象をコントロールする魔術。その魔術で造り上げた雷雲は、必然、自然界の理に従ったものだ。
つまり、水や氷の粒子が集って構成されている。
そして、彼らが呼んだ精霊。その属性は〝風〟と〝水〟。即ち、
――水気と大気の操作を……!?
想像通りの現象が起きた。日の光を遮っていた雷雲が霧散し、再び、斜陽が差し込み始めたのだ。
天候術は影の書の切り札。しかし、本家本元の〝自然魔術〟と競えば、情報処理の優先順位では敵わない。
魔美は驚きに目を開く。
こちらに勝ち気な笑みを見せて、
「行くぞっ! オメエもちゃんとついてこいよ!」
蓮葉哲也が来た。
『シルフ・エンプレイ!』
しかも、二段構えらしい。万が一、自分が仕留め損なった場合でも、後発の風霊が襲い行く。そんな算段だろう。
落ち着け。魔美は己に言い聞かせた。まだ、負けが決まってはいない。冷静に対処すれば、凌ぎきれる筈だと。
『使い魔使役!』
だから、唱える。六匹の使い魔を従える、影の書の魔術だ。
一度は破られた術式だが、利用価値はなくならない。工夫次第で役立てることはできる。
魔美は、先ほど攻撃に使用した、狼型の使い魔を今度は防御用にした。
前衛×三。後衛×三の、重層の防御陣形だ。まず、迎撃として前衛が対処する。勢いを削いで、時間差で後衛が襲い掛かれば、流石に足は止まるだろう。
そうすれば、風の魔術がこちらに届くことはない。蓮葉哲也自身が遮りとなるからだ。
しかし、彼の強気は変わらない。相も変わらず、牙を剥くように笑いながら、
「行ってこい!」
叫んだ。同時、魔美は見る。
――月詠政――!?
薙刀を手にしたメガネの青年が、狼の垣根を跳び越えて迫り来たのだ。
そこまで至って気付く、蓮葉哲也がついてこいと呼び掛けたのは誰なのか? 何故、彼は風の魔術を使用したのか?
――風は、月詠政を乗せるためにあったのか――!!
蓮葉哲也は、迎撃を予見していたのだ。だから、後続の月詠政を風に乗せて、跳躍させた。
使い魔を飛び越え、迫りくる月詠政が、叫んだ。
「終わりだあぁぁ――――っ!!」
横に払われた薙刀の柄が、左脇腹に叩き込まれる。