第五章:魔女――10
☆ ☆ ☆
「月詠政。……確かに、君の意見は、理に適っている。優等生染みた……模範解答、だ」
絶句する政は、息も絶え絶えとしながらも、強い口調で訴える魔美の瞳を見た。
「だが、な……? どんなに完璧な、理詰めの意見も、一つの情動に……敵わないことが、あるのだよ」
昏い瞳だ。
なのに、空虚な色をした双眸には、まるで炎が灯されたような、強い熱を感じる。否、炎と呼ぶには余りに黒く、熱と例えるには余りに冷たい。
そのエネルギーを一言で表すならば、
「――憎いのだよ」
そう、憎悪だ。
「アルバテルを攫った奴らが……、彼女を犠牲に造られた、この島が……! その島を踏みにじりながら生きる、住民たちが……、憎くて憎くて、どうしようもないのだ……!!」
見るからに弱々しい、補佐のシャドーズに支えられなければ、身を起こすこともできない有様だ。
だが、そんな魔美の言葉に、満身創痍の敗者の言葉に、政は思わず、後ずさりした。
「は、はは……、それでも、我は、敗北者だ。……これ以上、逆らう力も、湧いてこない。月詠政。君には、我を、裁く権利がある。……この島を、救いたいならば――」
魔美は言った。
「我を、殺せ」
ようやく平穏を手に入れ、安らぐ弱者のように。ようやく訪れた、平和に喜ぶ聖者のように。
政は何も言えない。何を言って良いか分からなかった。
「邪眼は、術士が意識して解くか、術士の意志が、消えない限りは……解除されない。だが、死人には、……意志など、ない」
理屈は分かる。邪眼のメカニズムを語っていることも、その仕組みについても。
それでも、何故、彼女がそんなことを言えるのか。何故、そんなにも安らかな顔で言えるのか、理解できない。
魔美は、ふ、と息を吐いて、
「思えば、随分と疲れたな。――君の、決断を見られないこと……それだけが、残念……だ……よ」
意識を失った。
それは同時に、解除法の一つ。術士の意識的な解除が、不可能となったことを示唆するのだと、呆然と気が付き、
「く、……ははは……」
政は笑った。
「裁く、だって? 殺せ、だって? は、ははは……ははははははははっ!!」
「お、おい? 政?」
粗方、使い魔を倒し終えたのだろう。哲也が心配そうに声を掛けてくる。
持っていた薙刀を、叩き付けるように放って、
「そんなこと、できる訳ねえだろうがあぁぁぁ――――っ!!」
政は叫んだ。昂ぶる感情を抑えきれないで。
歯を軋らせ、前髪をぐしゃりと掴む。
最悪だ。邪眼が解除できなければ、この島は沈む。唯一、その運命を上書きできるのは、理の書による改竄くらいだ。
しかし、肝腎のドグマが邪眼の対象。彼女の魔導書は使えない。
……くそっ! せめて、ドグマの魔術が使えれば……、代替品でも良いから、演算装置があればっ……!
だが、そんな都合の良いものが、〝DNAコンピュータ〟に等しい演算速度を持つ装置が、道端に転がっている訳がない。
管理区画も無人で――、
…………管理区画が、無人?
そうだ。魔美は言っていた。
――法陣都市を守れるであろう管理区画がもぬけの殻なのだ――。
確かに言っていた。なら、当然、〝儀式管理局〟にも誰一人としていない筈。
「――哲也、フィロ! 霊脈移動で、儀式管理局まで飛んでくれ!!」
だから、政は決めた。最後の可能性を思い付いたからだ。