第五章:魔女――12
☆ ☆ ☆
「理の書〝教理(きょうり)の章〟第一項を転写――」
政は、キーボードをできる範囲最速でタイプしながら、理の書の記述を脳裏に浮かべ、参照していた。
「魔術体系は〝黒魔術〟。儀式系統は〝視線の交差〟――」
その内容を引用し、簡易的なテキストデータに置き換えながら、思う。
もしかしたら、自分はこのときのために、〝儀式科〟で学んでいたのではないか、と。
「発動まで、およそ一分を切りました……」
ならば、七柱軍就任と言う、本来の夢が破れたことにも、意味があったのじゃないか、とも思えるのだ。
確かに、月詠政は法陣都市を救う、英雄にはなれなかった。
巨悪と戦い、黎明島の人々を災厄から守る、スーパーマンにはなれなかった。
それでも、ドグマを救うことができるなら。運命に翻弄され、今、正に、望まない生き方を強要されている、たった一人の、ちっぽけな少女を守れるなら。それは、きっとすばらしく有意義なことなのだろう。
こんなときにも関わらず、政の中に芽生えていたのは、主人公然としたやり甲斐だった。
「政、急げ! 間に合うのかよ!?」
間に合うのか? 間に合わせるに決まってるだろう、哲也? ここまで来て、失敗で終わらせるもんか! オレは絶対に、ドグマの――ドグマだけのヒーローになってみせるのだから!!
「情報処理完了まで、残り十秒。カウントダウンを開始します」
「政!!」
――よし! テキストデータ完成――!
「……九」
「コンパイルを実行! バイナリに翻訳!」
「……八」
モニターに並ぶ記号の羅列が、〇と一からなる、実行可能ファイル〝バイナリ〟に翻訳されていく。
「……七……六」
モニター上に、完了を知らせるメッセージが表示された。
近代儀式専用の、魔術プログラムの完成だ。あとは、入力内容に間違いがないと、祈りながら唱えるだけ。
「……五」
政は、唱える。
『改竄詠唱!』
「……四」
『目を覚ませ、ドグマ――!!』
「……三……」
ドグマの秒読みが止まった。緊張を孕んだ沈黙が、室内に満ちている。
重苦しい緊張感。それを破ったのは、同じくドグマの声で、
「……あ、あれ? ここは? 黒衣崎隊長は、どこに……? もしかして、霊脈移動ですか?」
混乱気味だが、正常らしい。邪眼の効力が消え、意識を取り戻したのだ。
一人を除く三人が、疲労困憊と息を吐いた。
「ど、どうかしたんですか? 一体何が……?」
「終わったんだよ。ドグマ」
誰か説明してくださいと言いたげに、あたふたしているドグマに、政は、頬を緩ませながら、告げる。
「悪い夢は終わったんだ」