第一章:追われる少女――4
☆ ☆ ☆
次にキョトンとするのは、自分の方だった。
「そこまで熱を入れるからには、何かしらの理由があるんだろ?」
流石に食事の手が止まる。だが、それは答えがないからではなく、明確な答えがあり、それを悠々と語るためだ。
もちろん、理由なしに馬車馬の如く働ける訳がない。長い間温め続けた目標があるから、頑張れるのだ。
「当たり前だろ? オレの夢は、儀式管理局就職。そのためなら、どれだけキツい時間割だろうとクリアしなくちゃならないんだ」
「そりゃあ、また豪胆な夢だなあ。儀式管理局っつったら、最難関の公務機関だろ? それこそ、〝三権区画〟で政治家目指すよりも難しい」
でも、……と友人が更に言葉を紡ぐ。
「儀式管理局でしたいことあるのか? あそこは、どちらかと言えば裏方のイメージが強いけど……」
確かに、儀式管理の仕事は、近代儀式の〝演算プログラム〟修復や、七霊の書のテキストデータ管理など、華々しい仕事ではない。高収入であることを除けば、利点と呼べるものはない、縁の下の力持ちだ。
それでも、政はこう思う。
「やり甲斐のある仕事だろ。法陣都市の全住民が安心して魔術を使えるように、日々働くんだぞ? 要するに、住民の生活を守る仕事だ」
例えば、生活の足である〝天空車両〟や、医療の要である〝ポーションドクター〟。それに、この黎明島自体が〝錬金工業〟で構成されている。
法陣都市を支えているのは、近代儀式による魔術なのだ。だとしたら、儀式管理局は法陣都市を支えていると言って差し支えない。
そこまで熱く語ると、なるほどなあ、と友人も同意を見せた。
「住民の生活ねえ……、でっかいこと考えてんだな。そんなこと思ったこともないぞ」
「まあ、な。――オレも、以前は思ってなかったよ」
友人が眉を歪める。疑問の表現だと丸分かりな表情だ。
「元々、〝七柱軍(しちちゅうぐん)〟入りを目指していたんだ、オレ。無理だって分かってから、儀式管理局に鞍替えしたんだよ。結果的にはみんなのためになるってね」
〝七柱軍〟とは、〝神霊兵器(しんれいへいき)〟の使用が許可された、法陣都市の軍隊のことを指す。
〝軍部区画〟に本部を置く、言わば、法陣都市限定の自衛隊のようなものだ。
「どっちかっつったら、そっちの方が似合ってると思うぞ、政。お前結構、運動得意じゃないか。何で諦めたんだよ」
唇の形を笑みのそれにして、友人が食い付く。話題を見付けて、面白がっているようにも見えた。
友人の台詞ももっともだ。正直、目の前の友人に取っては、自分よりも知能指数が劣るこちらには、儀式管理局よりも七柱軍の方がクリアしやすいと判断したのだろう。
確かに、自転車通学の副作用で人並み以上には動けるし、体力もある方だ。最難関の公務機関よりも、軍部の方が向いているかもしれない。
昔の自分もそう楽観視していた。しかし、
「得意って言っても、少し足が速いだけだ。飛び抜けて身体能力が高いってこともないし、何よりオレには、〝神霊魔術(いしんれいまじゅつ)〟の才能がないんだ」
七柱軍が扱う神霊兵器は、〝神霊魔術〟と言う天使の術式を発動するものだ。が、政にはそれを扱いきる実力がない。
加えて、それを補う戦闘力もない訳で、年を経るに従って、自分自身無理だと自覚してきた。
「だから、やり方を変えたのさ。形はどうあれ、法陣都市を支えることに変わりはないしな」
ただし、妥協したとはいえ、情熱が冷めたのとは話が違う。今だって、真剣に都市のことを考えているし、そうでなければ、こんなに怠い補習はサボっている。
代替とはいえ、本気なのだ。
「そうか、じゃあ、夏休みとは言っても遊ぶ暇はないんだな?」
「キミは遊ぶのかよ。ウサギとカメの理屈で追い抜かれるぞー?」
「誰にものを言ってんだ。実際に追い抜いて高笑いして見せろ。……で、今日も遊ぶ時間を惜しんで、教本買いにいくのか?」
どこか愉快そうに、喉を鳴らす。本当に、追い越して欲しそうな、イタズラげなニヤニヤ笑いだ。
「……まずは、特売の生卵かな?」
「……生卵?」
真剣に答えると、彼のそれは苦笑いに変わった。