第一章:追われる少女――6
☆ ☆ ☆
一旦、学生寮に戻り、生卵を無事冷蔵庫に保管できた政は、一息をついてから、再び玄関へと向かった。
次なる目的地は書店で、求めるものは魔術関連の書物だ。
本来、魔術関連書とは専門書中の専門書で、島外ならば通販サイトでお取り寄せが基本となる。それが書店に並んでいることも、法陣都市が魔術の街と比喩される所以だ。
とにかく、自分に取っては優れた環境と言えるだろう。
「――――テロ?」
電子錠を掛けているこちらの耳が、ふと不穏な単語を捕らえる。
情報の主は、今朝も見掛けた二人組の女子だった。
「三番地の火災事故。あれ、放火なんだって」
「放火? それがテロってこと?」
「うん。命知らずな人がいるんだねえ……」
二人は左側、四〇一号室の方からやって来て、こちらを見掛けて小さく一礼。こちらの会釈を受けて、そのまま去っていく。
――確かに、本当だったら命知らずだな――。
飽くまで、本当だったら、だ。
政には、彼女たちの噂が噂にすぎないことが分かっていた。何故ならば、
――七柱軍に喧嘩売るとしたら、よほどの強者か、ただの賑やかし。あるいは何も考えていないバカだ――。
七柱軍は、神霊魔術の数と、同数の部隊が構成する、軍隊だ。
その部隊数は合計七。何れの部隊も、神霊兵器の使用が許可され、全隊員が装備している。
神霊魔術は、地・風・火・光・雷・水・闇の、七属性の魔術エフェクトを操る天使の術式。要するに、七柱軍とは七属性の天使の軍団と、同意なのだ。
はっきり言って、その一個師団に挑戦するだけでもバカバカしいと言える。
拳銃を一丁手に入れたからと言って、喜び勇んで陸軍とクーデターを起こす人間は、いないだろう。
法陣都市で扱える魔術は〝七霊の書〟由来で、攻撃術式の代名詞が神霊魔術だ。つまり、そのお零れで軍に挑むとは、先述のたとえ話そのもの。
あるいは、同等かつ異種の魔術を操るものならば、実行可能だと思える。が、本来魔術には、莫大な準備期間――儀式が必要になるのだ。
儀式には最低でも一〇日掛かると言われている。近代儀式でもない限り、おいそれと使用できるものではない。
そう考えたら、テロ行為がデマだと分かる。恐らく、不審火か何かに尾ひれが付いて、誇張されているのだろう。
戸締まりを終えて、駐輪場へと向かう政は、しかし、空を行く真っ赤な天空車両を、遠方に見る。
「赤で統一された天空車両。――ファレグ隊の?」
余りにも目立つその車両は、七柱軍の一隊〝ファレグ隊〟仕様の特注品だ。
「まさか……ね」
きっと、話は逆なんだろう。ファレグ隊の天空車両が空を舞っている。だから、変な噂が立ったんだ。内心を納得させるよう、理屈を作った。
それでも一応の警戒をしながら、止まった足を再び進める。