Grim Reaper Ⅳ

 背後の気配からおおよその距離をはかる。
 この暗闇を利用して懐に飛び込めるくらいの距離だが……もし武器でも持っていればひとたまりもない。
 こういったスリルのある駆け引きは、嫌いじゃない。
「早く、それを渡して」
 ジリ、と。空気が圧縮されたように重たくなっていく。
 命なんて紙一重というべき、この独特の緊張感だけは、どうにも病みつきになってしまいそうになる。
 行動は大胆に。そして最も効果的に行うには、タネをはじめから相手に晒すということ。
 警戒心と先入観、それはマジックなんかで使われる手口だ。
「ああ、良いぜ」
 持ち上げる要領で、やや上向きに磁石を投げる。
 ただ、どれだけ高く上げようと上には天井があるから、そこまで高度は稼げないが。
「……っ!?」
 それは一瞬の油断と言って良い。
 誰だって相手からは視線を外していない、と思っていても、誘導されればそちらを見ざるを得なくなる。
 特にそれは視界の中心よりも外側。
 いつか同じような手口をリーズには使っている。
 が、通用してしまうものはしてしまうらしい。
 先程のバグと同様、その懐に入り込む――!
「そんな、程度!」
 ただし、今度の縮地は完全なフェイントだ。
 どうせ予測しているだろうし、なによりも同じ手を何度も使っていたのだから、警戒だってするだろう。
 いやむしろ、警戒してもらわねば困る。
 垂直に屈んだまま、足のばねを利用して近場の机を蹴り上げる。
 それを盾に、教室から一息に廊下へと逃げ去っていく。
「ま、いくら高性能なロボットだろうがアンドロイドだろうが、ヒトをトレースするんだから、ヒトのクセってのも再現しちまうんだろうな」
 裏を返せばそれだけ優秀ということになるが、それに怯えてばかりもいられない。
 それに、リーズがああもこのカケラに執心だったのも気になる。
 バグのカケラは磁石から外せば消えるだろうか……と、一部分を回収してあるが、手に持っているこれは消えそうにもない。
 ただ、これをどうやって調べるかが問題になってくるだろう。
 が、どうやら現実は甘くないらしい。
「おいおい、マジかよ」
 思わず、諦めにも似た笑みが漏れてしまった。
 それは速度という概念を根こそぎ破壊するような疾走。いや、そうとしか理解できない何か。
 数十メートルの距離を、気づけば目の前にまで距離を詰められている。そんな理不尽極まりない存在に。
「ああ、クソったれ。どうして非現実ってヤツは、こうも刺激してくれる……!」
 笑う。笑う。獰猛に笑みを浮かべ、強敵の予感に全身が麻痺するような高揚に心が躍る。
 直線では勝てない。そう悟ったのならば!
「迎え撃つに決まってる!」
 間髪入れず、蹴りを虚空に放つ。
 リーズそのものを狙っているワケではない。あんな高速の物体に当てるという芸当は、それこそ師範代にでも任せる。
 あくまで狙いは速度を緩めさせること、その一点だ。
「……っ!」
 当たらない、とは分かっていても、そこでこちらに飛び込んでくるほどリーズは好戦的ではない。
 そのスタイルは慎重そのもの、先程の一手も手伝って、最大限の警戒をこちらにしなければならなくなる。
 なら、その予想を裏切ってしまえ。
「ふっ!」
 フェイントを掛ける、なんて野暮な真似はせず、一気に懐へ飛び込む。
 もちろん、そんな動きなんて見えているだろう。
 その腕がゆらり、と。不穏に動くのが視界の端に映っていた。
 一秒という時間が凝縮され、コンマ数秒さえもが無限にも等しく映し出されていく。
「甘い!」
「そっちがな!」
 リーズが振るった腕を捌き、そのわずかな隙に締め技を極め、その手から武器を絡めとる。
 どんな素材で作られていようとも、人体を模倣する以上、接合部の構造というものは変わらない。
 その法則は動物であっても同じようで、偉そうな教師が説明していたのを思い出す。
 そして、オレの手にあるのは少しばかり小柄なスタンガンだ。
 これでもバグを倒せそうなものだが、直感は違うと告げている。
「……違和感、だな」
 強いて言うのであれば、慣れていない。
 いや、バグと交戦した経験があるのなら、一手遅れたとはいえ、遅れを取り戻す手段ならいくつもあっただろう。
 それに、これまでのクセや動きから考えるに、どことなく距離の置き方に手間取っているようにも感じた。
 そうして導き出される解答としては、ナイフかそれに似たリーチを持つものが、普段のコイツが扱っているものになる。
「良いのか、お得意のナイフを出さなくて?それとも、ご自慢の俊足が通用しないから、焦っているのか?」
 だから、せめて優位を保てるようハッタリを掛けてみる。
 言うまでもなく、オレはリーズの動きを完全に捉えられているワケではない。
 動けない程度に痛めつける、なんて甘い考えを捨てるのは、こちらの方かも知れないが。
「私の武器を知って、どうしますか」
「さあな。どうもしないさ……ただ」
 もったいつけるように大きく深呼吸して、改めて集中する。
 危うい均衡だった。
 気を抜けば飲まれる、そう思わずにはいられないほど状況は悪い。
 むしろここまで、良く一方的に展開できたなと、自分を褒めてやりたいくらいだった。
「ナイフを出してみろよ。それで、対等だろ?」
 精一杯の強がりにも等しいハッタリに、果たしてリーズは乗るか反るか。
 さあ、ここが正念場だ。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

夜行性の人

作品目次
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