Grim Reaper Ⅳ-Ⅰ
「……使うほか、ないようですね」
空気が入れ替わるほどの重圧に、思わず生唾を飲み込んで体勢を整える。
ここからは、もはや未知の領域だった。
物理法則なんてものを感じさせない相手に、どこまで通用するか。
リーズの右手が、太陽のように眩い極光に包まれていく。
それは不定形な光を収束させていくかのように、一振りのナイフを形作っていった。
「ふぅ――……」
そうして空気が重くなっていくほど、神経が研ぎ澄まされていく。
知っているはずだ。
世界に比べれば、こんな相手に万に一つの敗北もないことを!
「宗司さん、出来ればアナタを傷つけたくはなかった」
「はっ。寝言は寝てから言え……それに、コイツの正体も気になる。悪いが、オレはオレの勝手にやらせてもらうさ」
それは、こんな今になってさえ憧れている少女の受け売りだ。
自分勝手な風に振る舞いながら、バカみたいにお人よしで。オレはきっと、アイツの後ろ姿に自分を重ねていたのかも知れない。
読む気にもなれなかった本を読んで。荒れ果てた人生からいつの間にか不良と呼ばれるまで丸くなっていた。
まったく、こんなバカバカしい話があるものだろうか。
「それは、良い結果を生むことにはなりません」
「オレはアンタじゃない。そしてアンタも、オレじゃない……!なら、対立するのは日常茶飯事だろ」
オレはオレの正義を。リーズはリーズの正義を執行する。ただそれだけのことだ
何もおかしいことはない。どこにも不都合なんて存在しない。
あるのは純粋な言葉と、世界の限界が告げる、ただ無意味な対立だけだ。
「今のままじゃ、アンタはオレの世界の限界までは届かない」
意味もない言葉。対立の溝を埋めるのには足らず、逆にその溝を深めるようなものになるかも知れない。
コイツは紛れもなく人間なのだと、オレの心は認めている。
ならば少しくらい、夢を見たとしても……それが妄想に近しいような可能性でも、賭けてみたかっただけだ。
少なくとも、アイツならば考えもなしにそうしただろうから。
他人から良く思われたいという打算も、自分勝手だと笑うその度胸も、あまりにも眩しすぎた。
「頑固な人ですね」
だから、オレは切られる覚悟を持つ。
無意味なケンカなんて、出来るならこちらから願い下げなのだ。
「それは世界のせいかもな……ま、アンタほどお固くできてないのは確かだ」
ただ、頑固だということは認めるしかない。
おまけに負けず嫌いでもあるし、目に見えてしまうほど迷惑をかけることは間違いないだろう。
「……そうらしいですね。ナイフまで出したとはいえ、私は本来、ヒトに危害を与えるようなプログラムはなされていません」
そう力なく笑って、リーズはそれまで握っていたナイフを放す。
それはみるみるうちにバグと同じように光の粒子に変わって、空気に溶けていった。
ようやく肩の力が抜けて、思わず壁に寄りかかる。
予想以上に疲労していたせいか、身体に力が入らない。
冷たい暗闇に包まれていく。
「――!――!」
リーズ、だろうか。必死に意識をつなぎとめようとするのに、意識が急速に閉じていくような感覚があった。
暗い。
上手く言い表せないような暗黒が、どうしようもなく不気味だと感じてしまう。
逃げたい。目を覚ましたい。
それなのに、声も、意識も、暗黒に染まっていく。
そうして意識が不意に覚醒したときには、モノクロのような世界に立っていた。
「なんだ、ここ……!?」
それはバグが作り出す影に似た、妙に平面的な印象を与えるような場所だ。
遠くに浮かぶ家にも、そこかしこにある道にも、どこを探しても立体感というものが世界から欠けていた。
張りぼての世界。そうとしか言えない。狂いそうになる感覚をどうにか保ちつつ、ともかく行動を起こそうとする。
ここもまた、非日常の続きだ。オレの勘はそう告げていた。
「……宗司さん」
と、聞き慣れた声に、そちらを向く。
「リーズ……なのか、お前?」
これで驚くな、という方が無理があるだろう。
見慣れた制服ではなく、ライダースーツのように身体のシルエットを浮かび上がらせるような服に、ポニーテール。
あれだけ鮮烈としていた印象が、まったく変わっているのだから、オレの動揺を察してほしい。
「はい。説明している余裕はなさそうなので、あまりこの姿には触れないでほしいです」
その言葉の最中、2つの影がこちらに近づいてきていることに気づく。
一触即発、まさにそういった空気だった。
何度目とも知れぬ高揚感に、苦笑いが浮かんでくる。
「片方は、オレが担当しても?」
「……申し訳ないですが、任せます」
せっかく良い具合に決着がついていたというのに、それを邪魔されたのだ。
この借りは、数倍にして必ず返してやるとしよう。