megalomania ⅠーⅡ
「いや、あの人だかりはないって……転校生が珍しいからって、ああもアニメみたいに人って集まるの……?」
そうして今現在、そんな人の波から逃げのびて、いつもの屋上へと逃げかえっていた。
どうでも良いことだけど、ヘアピンはいつも持ち歩いている。
それこそ身に着けてやってもいいのだけど、これも貰い物の一つだったりするので、どうも身に着けたくない。
とはいっても、新品だったのだけど。
「……お?」
屋上の扉が開く。
やけに甲高い音が響いて、そこから現れたは少しばかり細身の少年だった。
しばし太陽の光に目を細めて、そうして私に気づいて、思いっきり嫌そうな顔をしている。
「よお、宗司。相変わらず男前なツラで何よりだ」
「そうだな……わざわざ会いに来るなんて、また何か企んでるのか?」
そんな調子で少し警戒されているが、それも仕方ないだろう。
コイツとも色々とあった。少なくとも、私が男友達と呼べるようなヤツは、この水守宗司、こいつくらいだろう。
腐れ縁。無駄な説明を省いてしまえば、そんなところだ。
「いや、今日来た転校生なんだけどさ……少し、変わっててね」
「お前の方が十分に変わってると思うが?」
「まあまあ、そんなことはどうでも良くってさ。なんていうかさ、歩き方が違う気がするんだよ」
「……はぁ。そうか、それで?」
嫌々そうにしながらも話に付き合ってくれるあたり、こいつもなかなか素直ではない。
こうして屋上を共有する仲だが、水守宗司は色々とワケ有りな不良だ。
まあ、ここ周辺で悪名を広めてしまって、そこに勝手な連中が押しかける……それを適当に始末してるだけのようだが。
「アンタさ、アンドロイド……まあバイオロイドでも良いけど、知ってる?」
「また唐突だな。知ってるには知ってる。最近になってお掃除メイドだとか、そんなしょうもない商品として売られてるしな」
「ただ、実物は見たことない?」
「そうだな。少なくとも、そんなヤツを相手に喧嘩をしたことはない」
言いながら、近くのフェンスへ寄りかかる宗司は、考え込むように空を見上げる。
「前にも言ったが、好き勝手に危険に突っ込むようなヤツは、命がいくつあっても足りねえぞ」
「知ってるよ。そういった優しさを、もっと他のヤツに渡していれば、また別の道があったのかもよ?」
そんな私の言葉に、はっ!、と水守がバカにしたように笑う。
「そう口説かれても面白くもないが、そうだな……オレはオレの最善だけしか選ばない。それでいいな?」
「ああ。それが良い。そうしてくれれば、私も好き勝手に動ける」
笑いあって、拳を合わせる。
友達以上で恋人未満。そんな調子の私と宗司は、揃って空を眺めながら、言葉を交わす。
「タバコとか吸ってたら、それこそ良い雰囲気になりそうなんだけど」
「お前はバカか……いくら自由人でも、して良いことと悪いことくらい、分かってるだろ」
「だってさー。自由って難しいじゃん?みんな自由だからって殺人なんて起こしてたら、それこそ人類が絶滅するよ」
「ずいぶん極端だな。考えられないことでもないが、自由とタバコと、どう関係がある?」
「いや?結局のところ、自由ってやつは縛られているから発揮するもんなんだって、そう思ってるだけだよ」
こうして私たちが屋上にいることだって、ともすれば校則を違反している。
それは社会的に悪いことだと知っている。知っているのに、いつだってここで、一人であったり、二人であったり。
だって、分かりやすいルールを破るから、オレは自由なんだ、そう信じることが出来る。
そうでもしなければ、自由という意味さえ失うバカは、殺人やら自殺やら。ともかくろくでもないことをしでかす。
「不自由さの証明……いや、人は社会的動物である、ということか」
「まあ、そうだね。それは毎日の食事だって、あるいはこういった服でさえ、誰かが作って、それを私たちが着ている」
「なるほど?お前の言いたい自由ってのは、自分勝手にやるんなら、全てを捨てろってことか」
「うん。本当に自由になりたいのなら、人間であることをやめてしまえば良い。だってそれが自由の証明なんだ。
そこには規範も礼儀も、面倒な法律も規則も、そうした全てが存在しない。
けれども、そこではタバコなんて吸えないし、ましてや好きな服も着れないし、食事だってその日その日で食いつなぐことになる」
「人間を自由にできるのは、人間の理性だけである。 人間の生活は、理性を失えば失うほどますます不自由になる……トルストイの言葉か」
「流石は博識。私が紹介した本、ちゃんと読んでたんだ」
「……暇つぶしに読んだだけだ。そんなこと、確認するまでもないだろ。それで、一体何が言いたい?」
そう言われるともったいぶりたくもなるけど、それは詰まらない。
ぴっ、と、それこそ少しコミカルに。
「自由は、空の上にある!」
ででーん!という、ちょっと格好悪い効果音でも似合いそうな感じで、青空を指さす。
ついに頭までおかしくなったか、というような言葉を期待していたのだが、そんな本人は真剣に考え事をしていて。
「え、えっと、水守さん?」
「ん……ああ、意外とバカに出来ないなと、そう思ってただけだ」
「そう?」
「そんな不思議そうに言われても困るんだが……あながち間違いでもないかなと、そう思った」
どうして?とは聞かず、宗司の方に身体を向ける。
こうした会話に、余計な茶々は不要なのだ。
「空と宇宙に明確な境界がないのと同じで、空をイコール宇宙だとするんなら、そのさらに先。そんな世界は、オレたちには知ることのできない世界だ。
知ることのできない世界、そこには想像という自由がある。知ることが出来ないから、考える。それを誰かが笑うのだとしても、それを否定することはできない」
「証明の逆説……ね」
「思考こそ最大の自由とは言わないが、それでも、そこに限界はない。あるとすれば、それは」
「「私たちの限界、ただそれだけのこと」」
そうしてまた、笑いあう。
自由に縛られた世界の中で、思い思いに笑うのだ。
誰もバカにすることは出来ない。
もしこれをただの学生の世迷言と言うのなら、それはその人物の限界で。
世界の限界というものを、そうとしか考えることしかできない、凝り固まった現実の理想主義者なんだろう。
「それで、どうするんだ?お前は、この世界で、何をしようとする?」
差し伸ばされる手を、私はいつものように受け取る。
それは二人だけの舞踏会。あるいは屋上のシンデレラというような、そんな調子で。
互いが惹かれあうのは、互いの容姿ではなく、互いが譲らない信念と、その心。
「リーズ。彼女を、人にしてみたい」
「そうか、なら――オレの願いは、ただ一つだ」
決して交わることのない境界。
それは太陽と月に近しい、対極にありながらも互いを主張する、歪な鑑。
「オレが、お前を守ろう」「私が、アンタを連れていこう」
さあ、行こう。
自由というカギを手に、想像の世界を、現実へ返るために。