unrealityⅡ
「……で?差し当たっていつもの考えなしだろうが、先ずは何をする?」
「なんだよ、乗り気だったのに、そうやって弱音を吐くのが早いと、女の子に逃げられちゃうぞ」
「ほっとけ」
なんて二人で漫才めいたことをやりつつ、リーズが一人になるところを見計らっていた。
なんだか辛抱強く部活動に誘われていたようだけど、どうやらすべて断っているみたいだ。
そんな中で、少し深呼吸して、教室に入っていく。
「リーズさーん、いるー?」
結局、考えるのも面倒になって、とりあえずいつもの元気を振りまいてみた。
「……はい、なんでしょう」
うーん、どうにも気まずい。
特に言うべきことがあるワケでもないし、これといって話題があったワケでもない。
何やってんだ、というような宗司の溜息が聞こえたけど、気にしない。
「……あそうだ、自己紹介してなかった」
確か、寝てたか何かしてて、先生にスルーされていた。
それで寝過ごして、ここまで話す機会を失ってしまったのだけど、それは宗司には内緒だ。
「私は世界。光崎世界って言うんだ、よろしく」
そうして、何食わぬ顔で握手を求めてみる。
「よろしくお願いします、私は、リーズ・ファンリエッタ……気軽にリーズと呼んでください」
す、と握られたその小さな手は、少し暖かいように感じた。
あれ、普通の人間だった?と、当てが外れてしまって、少しがっくりとしてしまう。
勘違いだったのかなぁ、と思いつつ、しばしば自分の手に残った感触を確かめていた。
「……用がなければ、帰っても?」
「え、あ、ああ!ごめんね、引き留めちゃって!」
では、と小さく一礼して出ていくリーズを見送って、はぁ、と少し肩を落とす。
それまで私とリーズを見守っていたであろう宗司は何か考えているようだけど、あれは機械じゃない、そういうだろう。
早とちりだったか……と、気を落とさないよう、いつものように笑おうとして。
「今の……リーズ、とか言ったか。アイツ、少なくともヒトではないな」
「……へ?」
少し楽しそうな様子の宗司が、少し意外に思えた。
何かわかったの?と、視線で問いかけてみると、あっさりと私の疑問に答えてくれる。
「やっぱり、気づかなかったか」
それもそうだろうな、という風に宗司は少しだけ肩を竦めて、ポケットの中から何やら小さな黒い物体を取り出す。
「レーザーポインター?それが、どうして?」
意外と言うか、まったく使いどころがなかった気がするのだが。
「赤外線……お前も知っての通り、このポインターは、ある一点を指すときには便利なんだが、その軌跡は見えない」
そこまで言われて、宗司が意図したことに気づく。
ポインターは軌跡を撮影することは出来ても、それを人間の眼に捉えることは出来ない。
化学だかの専門書で、チンダル現象とかで紹介されていた項目……完全にそれを忘れていた。
「オレがこいつを使ったとき、後ろは窓で、ついでに夕焼けだ。まさか光なんて見えるはずもないんだが……わずかに視線が動いていた」
つまり、見えないはずの線が見えていた。そう言いたいのだろう。
それに加えて、私もそちらを見ていながら気づけなかったのだから、それを見ることのできたリーズは、人ではない。
「はぁ、よくもまあ、とっさにそんなことを思いついたね」
それにしても、不思議なのはあの感触だ。
どう思い返してみても、不自然に感じる部分はどこにも感じられなかった。
骨子やなにやらに被せものをしているのなら、せめて温度や皮膚で分かると思ったのだが、当てが外れたらしい。
「人の中に入れるんだから、それこそ日常生活レベルでバレるような欠陥品では意味がないだろ」
「それもそうか……ああ、どうしてそういうところで、私って浅はかなんだろ……」
落ち込んでいても仕方ないのだけど、少しへこんでしまう。
「浅はかというか、計画性がないんだろ。大概どうにかなってるから、そういうところで油断してるんだろ」
そうかなぁ、と考えてみて、そうなんだろうなぁ、と反省する。
「それにしても、レーザーポインターなんて、どこから手に入れたの?」
「ああ、これか?カメラにしか映らないような光がねえかって、化学の教師にお願いしたらくれたモノだ」
そのお願いとやらが、字面通りのものだったなら、私も素直に喜べるのだが。
「……ちゃんと返しなよ」
そうだな。と楽し気に答える宗司を見て、どうも嫌な気分になる。
「いつもクールぶってるくせに、そういう時だけ子供っぽいよね」
「わ、悪かったな!」
そう照れ隠しする宗司に笑みをぶつけながら、さて、と気を取り直して立ち上がる。
窓の外に見える夕焼けは、それこそ世界の全てを消し去ってしまうほど、燃えるような紅色に輝く。
世界の境界すら曖昧にする時間、そんなことを想った。
「相手の顔を確認するために、この時間帯は、誰そ彼?と聞いたそうだな」
「そうみたいだね……なんでそんなこと、確認する必要があるの?」
「ああ。そうでもしないと、お前があの空にでも消えてしまいそうだからな」
そうかもね、と気軽に答えて、じゃあ帰って寝るわ、と軽く挙げた手を振って、宗司と別れる。
朝日が彼を照らすのだとすれば、それは暴君であったり。
夕闇が映す彼は、どこにでもいるような普通の生徒であったり。
闇夜が浮かべる彼は、不器用なくらいに優しいヒーローであったり。
どれが本物なんだろうね。そう心の中で呟いて、私もまた、黄昏の光の中へと飲み込まれていく。
それは私という輪郭さえ薄めてしまって、この世界へと溶かしていくようだった。