Little Crown Ⅲ-Ⅰ
騒がしかった喧騒が一斉に静まりかえっていく、夜の時間。
それは朝という祭りを終えたように熱が消え、また明日の祭りのための時間のよう。
ある戦争屋は、平和を戦争の準備期間と豪語し。戦争が非生産的なことに好き勝手なグチを吐く。
またある哲学者は人は生まれたときから悪であるとか善であるとか、好き勝手に世界というものを住み分けさせていく。
そうしてオレは、そういったものを見て、触れて……そうして、いつもと同じセリフを吐き出す。
「バカバカしすぎて、いっそ笑えてくる」
世界の枠。常識から外れたオレは、好き勝手に夜空へと主張する。
半袖には少し肌寒い夜風だが、運動を終えて火照っている身体には、丁度良い。
図書室から適当に拝借してきていた良く分からん哲学の本を無造作に広げて、思想だかなんだか、そんな崇高そうに書かれているものを鼻で笑う。
どこをどう見ても、人間の本質がそこにあるのだ。
「万人に問おう、哲学書や心理学書に書かれていることはなんだ!」
自分?それとも他人?徹底された自己分析?
「万人に問おう、そもそも自分とはなんだ!他者と自分の境界とはなんだ!」
オレは一人、世界の果てに挑む。
自分という限界。自分という思考の限界。自分の見える世界、そうして言語の限界に、オレは心を躍らせる。
「さあ、答えてみろ!そこにあるのは誰もが納得するような解答か!?記されているのは求めていたような解答か!?」
こんなところ、世界にでも見られてみれば、さて何と言われるだろうか。
あの女は、きっと面白がりはするだろうが、同じように叫ぶのだろう。
ここはそれなりに町からは離れているし、残業の多い教員といえども夜の十時には帰宅している。
だから必然、ここにはオレしかいない。
「否!否である!哲学だ?心理学だ?ハッ、そんなものはすべて、無意味だ!」
その無意味を語るために、オレは言葉を使う。
それが哲学であることを。それが心理学にもなるということを知りながら、オレは高らかに宣言するのだ。
「すべて、差別主義的な言葉に過ぎない!人は生まれながらにして平等だと?あり得るかっ!?命は平等であっても、その才能までは平等にはなりえない!」
吠える。
無駄であることを知って、オレはそれでも主張をやめやしない。
この声が届くまで、この声が、遠く、この世界へと響き渡るまで。
「差なんて、あって当たり前なんだ。そんなものさえなくなってしまえば、あるのはただ、不気味に統制された集団という名の個人だ」
確かに、それはある意味で理想郷とも言えるだろう。
皆が同じことを思考し、そうして一人一人を補填していく。
だが、同時にこうとも言える。誰かが狂えば、当然のように同じ思考を持つ集団は、同じように狂いだす。
それはバグというより、もはや仕様というほかない。
だって、壊れてしまうからそうなってしまうのであって。
永遠に壊れることなんてなければ、永遠にそうはならないのだから。
「それは集団の自殺だとか、あるいはそう、自殺衝動とでも言って良い」
その内に明確な差異はあれど、多くは死というものに意味を与えようとする。
いつか死ぬから。だから死ぬ意味を探しているかのように、死というものに盲目的なのだ。
「それは言ってしまえば、有終の美」
かつてのこの国が天皇を国家の礎としたとき、そうした教育がなされたそうだ。
一億総玉砕。言葉そのものがどれだけ勇ましくとも、その実情は単なる自殺の強要に過ぎない。
「歴史は語るのではなく、その正しい意味を伝えようとする。まあ、大抵が面倒だからって、嫌いになるんだがな」
それか、好きなように歴史を解釈しようとする。
解答がないから、勝手に歴史というものを捻じ曲げ、あるいは都合の良いように抜き取れば、それはもう立派に歴史を語るのだろう。
無論、教科書には載らない正史は存在すれど、そこに陰謀論を感じるのは、少なくとも間違いだ。
「なんて、オレもずいぶんと語るようになったな」
浮かぶ月は、どこか寂し気に光る。
自由は空の上にあるなんて、そんなバカげたことを語るヤツに触発されたのかも知れない。
まるで深く考えてないような言葉なのに、真意があるというか、考えさせられるようなものだというのが腹立たしい。
「さて。そろそろ、調べ事と行くか」
世界から受け取っていた資料には、この学校と思われるような場所もちらほらと見受けられた。
オレにとって、危険な日々というのが日常に等しい。
そこに妙な感傷も持たないし、どう転んでも、オレはこうした生き方くらいしか出来ないだろう。
「まあ、流石にここで野宿をするってのも、違う気はするが」
懐中電灯と栄養食として名高い固形のブロックもあるし、これで空腹は防げる。
ついでに適当な飲み物もバックパックに放り込んで、準備は終わりだ。
さ、そろそろ目的の場所へ向かうとしよう。
似合わない茶番は、これにて終幕。
瞳を閉じて、呼吸を一つ、それはオレ自身のスイッチを入れ替えるための儀式と言っても良い。
「……行くか」
逢魔が時。
それはかつて、人々が妖魔と出会うであろうと信じられていた時間だ。
オカルトをそこまで信用しているワケではないが、警戒はしておくことにしよう。
踵を返し、校舎に向かう。浮かんでいる三日月は、それこそチェシャ猫を思い出させていた。