Little Crown Ⅲ-Ⅱ
静まりかえった校舎というのは、異様なまでの不気味さに包まれていた。
あるべき喧噪を切り抜かれ、そこにいたはずの人だけを消し去ったような、独特の違和感と言っても良い。
ここは、あるべき場所ではない。
そんな言葉が、頭の隅を掠めていった。
それは言い得て妙なことかも知れないが、芝居を終えた後の劇場にも似ている。
どんな劇でも良い――それが終われば、人は好き勝手に拍手や歓声を送り、そうして帰っていく。
では、そこに残されている劇場はどうだろう。
あるはずの衣擦れもなく。そこへたむろする人さえおらず。喧噪さえ消えてしまった劇場に、存在価値というものはあるのか?
少なくとも、誰もそんな場所を想像することはないだろう。
まあ、好奇心の強いヤツならば、そうした劇場に何かあるのではと、こうして侵入だってするかも知れないが。
果たして、そこにあるのは、ここと同じ不気味なまでの静寂だろう。
それは喧騒を知るからこそ訪れるであろう違和感。
ピースが欠けてしまったパズルのような、絢爛とは程遠い、剥げたメッキから覗いた鉛を見てしまった落胆だ。
「……っと、少し考えすぎたな」
どうも、一人でいるとこういうことが多い。
雑念が多いな、なんて考えていると、いわくつきの旧校舎までやってきていた。
我ながら、ずいぶんと考え込んでしまっていたらしい。
また再び思考に没入していく前に教室へと侵入して、世界からもらった資料を眺めながら作業を開始する。
「こういうとき、ああいうお転婆なヤツを知り合いに持つと気楽だな」
世界からプレゼントされた、というよりも半ば強引に押し付けられたヘアピンを器用に扱って、ドアの施錠を開けてやる。
古い鍵は、こうしたコツで開いてしまうのだから、もう少し用心するべきだとは思ったが、こうして楽に侵入できたのだし、良しとする。
「……空気が淀んでいるな」
そう長い間は放置されていないとは思っていたが、空気は埃っぽく、ドアを開けただけで舞っていた。
せめて窓を開けておけば良かったと後悔するが、開けてしまえばもう遅い。
「くそ、面倒だな」
ともかく埃を吸い込まないよう、シャツで口元を覆う。
少し呼吸しずらいが、埃を吸いこむよりはマシ、という程度だ。
あまり長い時間、こうしているのも気が引けてくるし、これで病気になるというのもシャレにならない。
「それにしても、おかしい」
考えまいとはしていたが、この埃の積もりようはどうも説明のしようがない。
というか、どう考えてもこの量は異常だ。
そもそも埃は服やら髪やら、生活の老廃物を固めたようなものだ。
それがこうも溜まっているとなれば、当然のように教員の誰かが気づいてもおかしくはない。
「……いや、それ以前の問題だ」
人通りが少ないなら、その分だけ埃は溜まることがないのだ。
「……!」
「っ!」
かすかに聞こえた足音に、反射的にそちらの方向を探る。
生憎、オレは幽霊というものを信じちゃいない。
息と足音を殺し、出来るだけ急いでその足音を追う。
誰だ?
少なくとも、ここの関係者であろうことは予想できる。それだけ、逃げる足に迷いが感じられなかった。
「ちっ、無闇に校内を追い回すのも、芸がないな」
純粋な足の速さなら、まだ追いかけようもあるが、校内というのは曲がり角や階段が多い。
それに、相手はこちらが追ってきているのを確かめているような節さえある。
これでは埒が明かない。
「……イチかバチか、だな」
階段に躍り出たというその瞬間、一気に踵を返して先程の教室まで向かう。
何が狙いなのかは未だに分からないが、ともかく今は一つでも情報を集めたかった。
そうして、それはある意味でいい方向へ転がったと言えるだろう。
「へえ……これが、例のバグか」
そこにいたのは、不自然に浮かぶ黒い影。
それは何か表情を持つでもなく、ただ不自然なまでに異常としてこの世界に浮遊していた。