三 お菓子と織物とお花さん

お店の戸を開けると、焼き菓子のいい匂いが鼻腔を通り抜け、唾液腺を刺激した。
じゅるる。
目的のお店は和菓子屋さんは大手門通りから一本北のゆう壱番街にあった。
古建築を再利用した情緒ある建物で、カウンターの後ろにガラス張りの工房があり、お菓子を作る工程が見られるようになっていた。壁際には年季の入った古い戸棚や、むかしお菓子を作るのに用いた焼きゴテが展示されていて、それらの古道具が老舗の雰囲気を演出している。
ヒソヒソと小さな話し声が聞こえるところをみると、彼らは付喪神のようだ。
焼きゴテの付喪神が架けられている壁の下にある商品棚には、可愛らしい金平糖や色々な味のラスクが置かれている。
そして、店内の一番目立つ所に、ゴブラン焼きなるものが置かれていた。
だけど、残念ながらそれは人間や大きい者用。
店内のどこかに小さき者用のスペースがあるはずだけど。
店内をキョロキョロしながら歩いていると、白い割烹着姿のヒメネズミが声をかけてきた。
「やあ、いらっしゃ・・・あれ?ニシクルやん。いつ帰ったん?」
・・・またか。どうやらニシクルはこの街の常連だったらしい。
わたしはアマメさんにしたのと同じ説明をヒメネズミにした。
「そうなんや。ウパシいうんやね、ニシクルのいとこなんかぁ。言われてみれば匂いがちゃうわ。ニシクルは梅の香りやったけど、あんたからはスズランの香りがするなぁ」
小さな鼻をヒクヒクさせながらヒメネズミは言った。
ふむ。匂いで判断されたのは初めてだ。
「うちはウグイいうねん。よろしゅうな」
可愛らしく小首をかしげるウグイさんに「こちらこそ」と挨拶を返し、さっそく、モツゴさんから教えてもらった「冷たいリンゴのゴブラン焼き」を注文した。
すると、ウグイさんは円らな瞳をキラリと光らせ「さすがニシクルのいとこや、店のことよう調べとる」と笑った。
そして「こっちに来ぃ」とわたしを小さき者専用の売り場へと案内した。そして、隅にあるテーブルへ案内すると、大きな声で「お花さぁん!」と叫んだ。
すると、薄茶色の塀の上から「はいよ」と長い金色の髪の毛の人間が顔を覗かせた。
驚いて椅子から腰を浮かすわたしに、ウグイさんは「心配しなくてもええよ。お花さんはきつねのヘンゲだから」と笑った。
「リンゴの冷やし入ったで」
「おや、また通なのが来よったな。って、なんやニシクルやないか」
お花さんの言葉にわたしとウグイさんは顔を見合わせて笑う。
「ちゃうで。ニシクルのいとこのウパシや。北の大地からお使いで長浜に来たんやって」
北の大地と聞いてお花さんは目を丸くした。
「へぇ。そら遠くからご苦労なこっちゃなぁ。うちはお花や、まぁ、よろしく・・・ちゅうか、ほぼニシクルやな。あんた」
ほぼニシクルって・・・その言われ方も初めてだ。
思わず苦笑い。
「ゴブランの冷やしリンゴ。ちんまい用の冷蔵に在庫に入ってへんかった?」
「さっき出たので最期や」
「そか。子日(ねのひ)のヤツらがやたらと宣伝しよるからな。最近売り切れるのが早ようなったなぁ。そろそろ、新しい裏メニュー考えんとアカンかぁ」
そう言いながらお花さんは顔を引っ込めた。
わたしは冷やしリンゴなるゴブラン焼きが出てくのを待つ間に店内の商品を見て回ることにした。
「ねぇ、ウグイさん。ゴブランって、なに?」
たしか西洋にそんな名前の妖精いた気がする。
わたしの質問に、来よったな。とばかりに笑みを浮かべるとウグイさんは「ゴブランってのはなぁ」と話はじめた。

簡単にいえばゴブランとは布を織る技法の名前だ。
この地域のお祭りに使用される曳山を彩る豪華なベルギー製のタペストリーはそのゴブラン織りといわれる技法で織られたものだそうだ。
緯糸に色糸を使用して模様によって色を変えて布を織り出す方法で、糸の材質は毛と麻が主体だが、絹や金糸、銀糸を用いて織ることもあるのだとか。
長浜曳山を飾るゴブラン織りのタペストリーは国宝級の織物らしい。なんでも四〇〇年以上前の代物で、現在曳山に架けられているのはレプリカということだ。本物は重要文化財として、丁重に保管されているらしい。

ゴブラン焼きは、その織物にちなんで名づけられたフワフワのカステラ生地の西洋饅頭だ。
ウグイさんの説明を聞きながら、わたしは中央のテーブルにあるザルの中に置かれた様々な味のゴブラン焼きを物色する。
大納言、林檎、ブルーベリーカスタード、フルーツミックス。丸いカステラの上にはひとつひとつ丁寧に扇型の焼き印が押されている。
季節限定のゴブラン焼きもあるらしく、いまの季節は栗が置かれていた。
値段も手頃だし、叔母さん達へのお土産もかねて全部の味をみっつずつと、ゴブランラスクを買うことにした。
そうこうしていると、再びお花さんが顔をだし、冷やしリンゴのゴブラン焼きをふたつと、お茶を出してくれた。
「遠くから来てくれたみたいやし、一個おまけ。あと、お茶はサービスや」
「ああっ。ありがとうございます!」
「そや、黒壁ガラス館やオルゴール館には行ったん?この街に来たらあっこは行かなあかんで」
「はい。さっそく行きました。とても不思議で幻想的な場所でした。ガラスの置物とオルゴールを買っちゃいましたよ」
そう言ってわたしは鞄からオルゴールの包みを取り出し、お花さんとウグイさんに見せた。
「そうなんや。ほなアマメさんには会うたんやね。ええ人やったやろ」
「はい。とても親切にしてもらいました」
「そかぁ。でもな、あの人な、見かけによらず、かなりの歳なんやで」
「そんなん言うたら、お花さんやって今年で・・・キャン!」
みなまで言い終わるまえに、金平糖がウグイさんの頭部を直撃した。
・・・お花さん、いったい幾つなんだろう。
「ほな、ゆっくりしてってな」
お花さんはそう言うと笑顔を残して、仕事へと戻っていた。
と、思ったらすぐに戻ってきた。
「うちな、日暮れからは、ゆう一番通りと御坊通りの交差点でモノノケや動物を相手に茶屋やってんねん。よかったら遊びに来て」
そう言ってお花さんは、小さき者サイズの名刺を指先に乗せ渡してくれた。
「お花さんの淹れるスペシャルブレンドコーヒーは絶品なんやで」とウグイさん。
そう言われるとコーヒー好きのわたしとしては飲んでみないわけにはいかない。
「それは是非とも行かないといけませんね」
その答えにお花さんはニッと笑うと、手を振って今度こそ仕事に戻っていった。
お花さんはとても気さくで面倒見のいい性格の持ち主のようだ。
冷やしリンゴのゴブラン焼きは、モツゴさんの言う通りとても美味しかった。
ほのかに酸味のあるクリームにサイコロ状のシャキシャキ触感の林檎がたまらない。
わたしはあっという間にふたつのゴブラン焼きを平らげてしまった。
・・・これは、美味(びみ)すぎる。
さっきお土産に選んだゴブラン焼きを袋に詰めてもらい、会計をすませると。お花さんが焼きたてのゴブラン焼きをくれた。中身は季節限定の栗だ。
餡の中にコロッとした栗が入っていて、焼きたてのカステラ生地との相性抜群だ。冷やしリンゴも美味しかったけど、焼きたても美味い!
わたしはお花さんとウグイさんにお礼を言って、和菓子屋さんを後にした。
店を出る時にウグイさんが「お花さんをモデルにしたモニュメントがある」というので、次はそれを見に行くことにした。
なんでもお花さんはこの街では『御坊のお花ぎつね』として有名なのだとか。
彼女が過去に残した逸話はいまでも人間達の間で昔話として語られているらしい。
ながはま御坊参道と夢小路が交差する場所にお花さんのモニュメントはあった。
金色のお布団を着こんで両手両足を目いっぱいに広げたようなフォルム。真中(まんなか)にはとてもリアルなキツネの顔。独創的というか、とてもインパクトのあるデザインの銅像だった。
見ようによっては油揚げのお化けのようにも見える。
プレートがなければそれがお花さんを模したものだとは誰も思わないだろう。
芸術は爆発というが、これは爆発しすぎだ・・・。

いなほかえる
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