四 きょうりゅうとのっぺいうどん

ゴブラン焼きでお腹を落ち着け、お花さん像を堪能したわたしは、街をのんびりと歩いてみることにした。
通りには江戸時代から明治時代の情緒ある和風建造物が軒を連ね、古建築を再利用した風情あるギャラリーや美術館。そしてお洒落なカフェなどがあって、沢山の人が行き交っていた。
お店を出しているモノノケや動物たちも様々で、雪の降る時期が近いというのにアマガエルがどてらを着こんでストーブを炊きながら小鮎の佃煮を売っていたのには驚いた。
途中で『いもきんつば』なるお菓子を買い込み、食べ歩きしながら古美術店の縁側に並べられた陶器や、故郷では見られない葉で造られた鞄、ドングリの小物入れを物色する。
所変われば装(よそお)いも変化するもので、売っている服や布も北の大地では見かけない物が多かった。
手当たり次第に買っていたらとんでもないことになりそうだ。
叔母さんが帰りは大荷物のお客が多いとイワさんと話していたのを思い出して、ひとり苦笑いをする。
それはそうと、ここはどこだ?
わたしは足を止めて、辺りを見回した。地図も見ずに適当に歩いたので、自分のいる場所がわからなくなってしまった。
空を見上げると太陽が西に傾向いている。そろそろ叔母さんとの約束の場所に向かわなければならない時間だ。
鞄から地図を取り出し、自分のいる位置を確認する。
「えっと、きんつばのお店がここ、鞄屋さんがここだから・・・」
地図と睨めっこしながら歩いていると、ふと頭上が暗くなるのを感じた。
・・・なんだ?
何気なく頭上を見げると、建物の壁から巨大な怪物が頭を突き出し、わたしを睨んでいた。
開かれた大口にはヒグマの牙より大きく尖った歯が並んでいる。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
わたしはもんどりうって、一目散にその場から逃げ出した。
最寄りの軒下に逃げ込んで、呼吸を落ち着けてからこっそりと巨大な怪物の様子を窺う。
なっなななな、なんだあの生き物は!北の大地であんなの見たことないぞ!
巨大な怪物は壁から頭を突きだしたまま通りを睨んでいた。
時折、人間が怪物に驚いて、一瞬だけ後退(あとずさ)るが、すぐに笑って、その怪物を撫でたり、口の中に頭を突っ込んだりしていた。
見た目に反して意外と大人しいヤツなのかもしれない。
でも、コロポックルが好物だと困るので近づくのは止めておこう。

「ああ。あれは恐竜の頭のオブジェよ。人間がナントかって恐竜を模して造ったの」
無事に叔母さんと合流を果たし、叔母さんオススメの『のっぺいうどん』を待つ間に
わたしは巨大な怪獣の事を話した。
「きょうりゅうって、なに?」
「あら、ウパシは恐竜知らない?まぁ、知らないか。故郷の森にはいないものね」
「え!こっちにはあんなのがウロついているの?」
「あははは。ないない。あれは古代の生物で、いまはもう存在しない生き物なの」
「そうなんだ。よかった」
わたしは胸を撫で下ろした。
あんなのがウロウロしていたら、おちおちドングリ拾いも出来なやしない。
「あ、でも琵琶湖にはいるわね。首が長くて、大きいのが。まぁ、あんなに凶悪な顔はしてないけど」
「え!ホントに?」
「うん。とても大人しくて可愛い子よ。めったに出てこないけどね」
そんなモノが住んでいるとは・・・日本一の湖、恐るべし。
「そういえばニシクルはよくこの街に来ていたの?お店に入る度に間違われたんだけど」
「そうなの?まぁ、この街はあの子のお気に入りの場所だから。暇さえあれば来ていたみたいだし」
「なるほど、それでか・・・」
「この街はね、中世や近世の世には北陸と畿内の国々を結ぶ街道の宿場町として栄えていたの。一時期はひどく衰退した時期もあったみたいだけど、ここにいる古いモノノケやヘンゲ達は街が宿場町として賑わっていたいた時代に、何処からかやって来て住み着いた者が多いのよ。わたしも国を巡る交易キャラバンの一員として何度となくこの地に訪れている間に、ここの土地柄が気に入ってしまってね、住み着いたの。この街にはわたしの他にもそんな者が大勢いるわ。長浜の街は旅人の街でもあるのよ。ニシクルはこの街で色々な人と出会って、旅の話を聞いて、自分も世界を巡ってみたいと思ったんでしょうね」
・・・だから旅に出たのか。
「叔母さんは心配じゃないの?ニシクルが旅先でここより居心地のいい場所を見つけてしまったら、もしかしたら帰って来ないかもしれないよ?」
「そのときは、そのときよ。旅人はただ土地を巡るだけじゃないの。知らない土地に行って、知らない人に会って、絆を結ぶ。そして、自分の故郷のいいとこを伝えて、そして、訪れた土地の素晴らしい技術や文化を別の場所に運んでゆく。わたしはこの土地に沢山の旅人が訪れてほしいと思っているわ。ニシクル自身が帰って来なくても、ニシクルからこの土地のいいところを伝え聞いた人が訪れてくれるなら、それでいい」
土地を離れずに街の伝統や文化を守るのも大切だけど、自分の育った故郷のことを遠く離れた場所に住む人達に伝えることも大事、ということかな。
ニシクルはこの街でそのことを学び知ったのかな。
「あなたのお母さんも昔はキャラバンの一員だったのよ」
「え!そうなの?」
・・・そんな話し、初めて聞いた。
「十歳になる頃には北の大地から出て、色々な国々を巡っていたわ」
そう言って笑う叔母さんと、旅を経験するには遅いくらい。と笑ったお母さんの笑顔が重なった。
「姉さんは、わたしと違って故郷に戻ることを選んだの。故郷を盛り上げる人間も必要だってね」
叔母さんは水で喉を潤すと、言葉を続けた。
「姉さんやキャラバンのみんなが一歩一歩あるいて、離れている土地どうしの絆を繋いで、異なる文化同士の交流をうんだ。姉さん達が作る鞄や香料、それに薬草はこの街でも人気なのよ。姉さんみたいに故郷に戻った者たちは、各地に散ったわたしみたいな者や、交易商人を通して、北の大地のいいところを別の土地に伝えているの。逆にわたしはこの土地のいいところを故郷に伝えているのよ」
どんな場所にいたって故郷を想う心があれば、気持ちは同じということか。
「売り手よし、買い手よし、世間よし。ってね」
「それ、使いどころ間違ってない?」
「まぁ、お互いに納得したうえで、お互いが発展できれば幸せ、ってこと」
そんな話をしている間に、テーブルにホカホカと湯気が立つどんぶりが運ばれてきた。
「おお、具たくさん」
「これが名物『のっぺいうどん』よ。長浜に行ったと言ったら、のっぺいうどん食べて来たか?って聞かれるほどの代物よ」
木製のレンゲで汁をすくうとトロリとしていた。昆布をベースとした出汁(だし)は西に位置する国のうどんにしては、甘すぎず、かといって、東の国ほど辛くないほどよい薄味。
甘く味を含ませた特大の椎茸に、お麩、湯葉、蒲鉾、みつ葉、そして生姜が添えられている。生姜をとくと、出汁(だし)がピリっとして、より美味しくなった。
うどんは、もちもちしてとても食べ応えがあった。
「うん。美味しい!」
「そうでしょう。生姜の効いた出汁(だし)で身体が温まるでしょう。今日みたいに冷える日は特にね」
わたし達は会話もそこそこに、のっぺいうどんを堪能した。
最後に温かいお茶で胃を落ち着ける。
「あ~、美味しかった・・・そういえば今日はなにを買ったんだい?」
ひと息ついて、叔母さんが訊いてきた。
「色々と欲しい物はあったんだけどね、持って帰るのが大変になりそうだったから、あまり買わなかったの。えっと、カバンと布と、小鮎の佃煮でしょ、あと乾燥ハーブに薬草に・・・」
「・・・じゅうぶん沢山買ってると思うけど」
わたしの後ろに置かれた荷物の山を見て、叔母さんがタメ息をついた。
「あと、ガラスの置物とオルゴール買った!」
わたしは蕗(ふき)の鞄からオルゴールの包みを・・・。
包みを・・・?
包みが・・・ない!
「あれ!なんで!なんで?」
慌てて腰を浮かすわたしの様子に叔母さんが「落としたの?」と訊いた。
落とした?
でも、どこで?
わたしは今日の行動を思い出してみる。
たしか、最後に包みを出したのは和菓子屋さんでお花さん達に見せたときだ。でも、たしかに鞄に仕舞ったはず。
じゃぁ、どこで落としたんだろう。
「あ!」
たぶん・・・あそこだ。
「うん?心当たりがあるのかい?」
怪獣に驚いたとき、鞄をちゃんと閉めずに走った。きっと、そのときに落としたんだ。
「わたし、ちょっと行ってくる」
椅子を蹴るように立ちあがったわたしを叔母さんが呼び止めた。
「一緒に探しましょう」
叔母さんはお店の主人にわたしの荷物を預かってくれるように頼むと「行こうか」とわたしに先だって歩き出した。

「どこにもない~」
歩いた道を思い出しながら、恐竜のオブジェを経由してお花さんのモニュメント、そして和菓子屋さんまで戻ったが、それらしい包みは落ちていなかった。店内にも入りたがったが、和菓子屋さんはすでに閉店していた。
「ふむ。誰かに拾われたかな」
叔母さんは顎に手をあて、少し考え込んだ。
「ああ、とても気に入っていたのに・・・」
手作りの工芸品というのに全く同じものは存在しない。形や見た目は似ていても、それは
あくまで似ているだけ。細かい所は違うし、オルゴールの音色だって微妙に違う。
「元気だしな。いい場所に連れて行ってあげるから」
肩を落としたわたしの背中を叔母さんはポンと叩いた。
「・・・うん」

いなほかえる
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