五 お花の茶屋
そのお店は『Flower Corn』といった。
古民家の一階を改装したお洒落なお店で、柱を残し壁面がガラス張りになっていた。
白を基調とした店内は明るく、落ち着いた雰囲気に見えた。
木の色そのままのテーブルとフローリングにベージュのソファーが柔らかな空間を演出している。
「ハナ・・・モロコシ?」
「ああ、あれはダジャレよ。きつねはコンコン鳴くっていうでしょう?フラワーは花。コーンはきつね。フラワー・コーンで『お花ぎつね』ってね」
「ここ。お花さんのお店?」
茶屋と聞いていたので、もっと和風な雰囲気だと思っていた。
大きな扉の脇にある小さな戸を開けると、チリンという鈴の音が響いて店内の先客と店員が振り向いた。
大きな動物や、見たことのないモノノケの姿もある。一斉に振り向かれ、わたしは一瞬だけたじろぐ。
「やぁ、イセポ。ウパシも来てくれたんや」
わたし達の姿を認めると、お花さんがカウンターから出てきた。
「こんばんは。お花さん」
お花さんは、白いシャツに黒いパンツ。そして黒いエプロンといった装いだった。昼間の白割烹着姿とは、また雰囲気が違う。
お花さんはわたし達を掌に乗せると、小さき者専用の席へと案内してくれた。
メニューを指に乗せて差し出すと、お花さんは「お、そや」とカウンターの裏から、見覚えのある包みを取り出してきた。
「ああ!わたしのオルゴール!」
「やっぱ、ウパシのやったか。そうちゃうかって、子日(ねのひ)タクシーのモツゴが持ってきたんよ」
「モツゴさんが?」
「うちの茶屋は街の連中が集まるから、情報や落とし物なんかが自然と集まんねん」
「この街で無くし物をしたら、『Flower Corn』に来るとたいてい見つかるのよ」
そう言って叔母さんは笑った。
そのことを知っていて、叔母さんはここにわたしを連れてきたのか。
「ウパシがあまりにも嬉しそうにオルゴールを見せてくれたからって、モツゴもあんたのやって憶えてとったんやって」
「・・・そうですか」
そんなに浮かれてたつもりはないのだが・・・少し恥ずかしい。
なんにせよ、オルゴールが戻ってよかった。
包みを受け取ると、中からカラカラと音が鳴った。
・・・?
音が気になって包みをあけると、蚕(かいこ)のガラス細工が取れていた。
鞄から落ちたはずみで壊れたのか。
カランと乾いた鐘の音が鳴って、大きい者用の戸が開いた。
「お、アマメさん。いらっしゃい、お疲れさま」
「やぁ、お花。今日は珍しいお客がきてね・・・おや?」
アマメさんはわたし達の姿を見るなり、こちらにやってきた。
「イセポとウパシも来ていたのか」
「こんばんは、アマメさん」
アマメさんはわたし達に同席いいかい?と言った。
叔母さんが了承すると、お花さんが大きい者用の席に小さい者用のテーブルを運んでくれた。
「あれ?オルゴールの細工が取れているじゃない」
「あ、ええ。ちょっと落としてしまって」
項垂れて、オルゴールを包みなおすわたしを制止すると、アマメさんは「オルゴールを貸してごらん。修理してあげる」と掌を差し出した。
わたしは、アマメさんの掌にオルゴールと蚕のガラス細工を乗せた。
わたしの手に収まるサイズのオルゴールがアマメさんの手に乗ると、とても小さく、蚕のガラス細工はアマメさんの髪の毛の先端くらいだ。
「あの、本当に治せるんですか?」
心配するわたしにお花さんが「まぁ、見ててみ」と微笑んだ。
叔母さんを見ると、任せておきなさい。とウインクした。
アマメさんはオルゴールの乗った掌に、もう片方の手を重ねると、静かに目を閉じた。
「・・・・」
アマメさんが口の中で何かを唱えると、手の中が光り、すぐにおさまった。
「はい。できた」
手を開くと、そこにはすっかり元に戻ったオルゴールが乗っていた。
「ええ!なんでぇ?」
「ふふふっ。ま・ほ・う」
ニコリと笑ってアマメさんはわたしにオルゴールを返してくれた。
「いい女ってのは秘密が多いの」と微笑むアマメさん。
「バツイチの大年増やけどな・・・あいた!」
アマメさんは笑顔のままお花さんの脇腹に肘を入れた。
痛みから立ちなおると、お花さんは注文を聞いてきた。
わたしは昼間にウグイさんから聞いていたスペシャルブレンドコーヒーを頼んだ。
コーヒーを待っている間に店へとやってきたウグイさんも交えて、わたし達はお互いの故郷の事を話した。
いつのまにか、お店にいた大きな動物たちやモノノケ達も会話に加わっていた。
気のいいお花さんが地元のお酒を皆に振舞ったのもあって、最後にはお郷の自慢話大会みたいになっていた。
その時間はわたしにとって、この土地に住む人達の優しさと、この街が訪れた旅人に安らぎを与える場所だと感じることができるものになった。
なんだか、お花さんのお店は茶屋というより、憩いの居酒屋さんみたいだ。
さて、明日はどこに行こうかな。
いまのうちに長浜の名所や名物の情報をみんなに訊いておかなきゃ。
その夜は金色の月が空高く登り、琵琶湖の真ん中にその姿を映しても『Flower Corn』からの笑い声が止むことはなかった。