Ⅱ
一週間後の四月九日、月曜日。
JR長浜駅構内のテナントを借りることが出来、営業を開始した。
午前六時半。テナント裏集合。
私は、ドラゴン、梅本直弥総務部長、杉田圭事務局長のもと、眸と彩香の六人で、テナントの整備をした。
看板。ながはま焼。チョコッとながはま。開店記念ワンコイン税込500円。濱梅製菓。特許申請中。
看板の掲示は愉しい。
彩香と眸も同じ場所を行ったり来たりしている。彩香は堂々としているが、眸は少し照れくさそうだ。
訳もなく。でも表情はすごく明るい。
私はうまくいくのかが心配だった。店の陳列棚には、チョコッとながはまの工場直送の品物を置いた。濱梅食品の従業員の人たちが十人ほど応援に来てくれた。
皆、笑顔になった。
少し、ほっとする。
「総務部長。ながはま焼の模型を持って来ました」
「吉井君。良い出来じゃないか。ありがとう」
私は、総務部長から手渡された、ながはま焼の模型を陳列棚の中に置いた。
「もうちょっと、角度を正面に向けて」
「そう。良い感じ」
総務部長は場を完全にしきっている。
私は、9つのながはまの魅力を示した文章を、眸と彩香とで店の一角に貼る。
ながはまの旅。案内ツァー予約(実施予定日の一週間前までに申込み下さい。)25名様以上承ります。ただし、当事業所指定のコースのみ。詳しくはお問い合わせください。
もちろん電話番号を明記している。
一方、テナントの裏では、食材の仕込み、材料の切り刻みを、梅本総務部長の手引きのもと、ドラゴン、杉田事務局長と私たち三人で行っていた。なお、お手洗いはテナントの一角にある公衆トイレを使わせていただくことになっていた。
「土曜日だから、けっこう集客が見込める。ポイントは立体だぞ!」
ドラゴンの声が飛んだ。
仕込みが活況を帯びる。一パック、二パック、次々に出来上がる。保温庫に次々と入れる。
「松木君いくつできた?」
「総務。十五個を越えました」
あと十五分ほどで午前十時だ。
「ようし。二十五個ぐらいは備えておかないと!」
ドラゴンが意気盛んだ。
午前十時開店。
ほどなく観光客が集まり始めた。
「小昼に買っておこうかしら」
「ながはま焼って、珍しいわね」
「二つ頂戴」
「二つで、ちょうど千円です」
「ありがとうございます」
眸の声だ。
売れる。売れる。何で?
温蔵庫に入れて置いた二十五個はとっくに売れている。
「これはすごいわ!」
ドラゴンは、いつでもドラゴンだ。
正午までには、とうに百パッケージは売れた。
「こんなに売れる。ウソーっ」
私は、半信半疑だった。でも、テナントの裏で、ながはま焼を造っているのが忙しくて、ゆっくりと気持ちに浸っている余裕がない。
「いくで。どんどんいくで。ええやん!」
隣でドラゴンは長芋と豚肉を切り刻んでいる。手早い。防菌用のマスクと帽子、ビニール手袋を着用し、65歳とはとても思えない。
何これ? 私の65歳像が間違っているのだろうか。それとも、65歳と言えば、こういうものだという固定観念を持ち過ぎなのだろうか。私は、高校や大学を卒業して会社に就職するという選択のみを教えられてきた。亡くなった両親しかり、学校の先生しかりである。もう一度言うと、会社員や公務員として就職するのが当たり前だと考えるのだ。
社会がそのように教え込んでいるから。
「おーい。全部店頭に出さないでよ。こちら側に、いくつかのストックを残して」
ドラゴンの指示だ。
生き生きとしている。
なぜだろう? なぜ生き生きと出来るのだろう?
「グッドアイディアね」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「すごい人気ね」
「ありがとうございます。皆様のお陰です」
店頭では、彩香と眸がお客様の声に対して、ずっと同じ言葉を繰り返している。
「よし。いこうぜ。イケイケドンドン」
ドラゴンは元気そのものだ。私は、小麦粉を水に溶かして混ぜ、容器の中に入れる動作を繰り返す。
ドラゴンと一心同体になっているみたいな私。すごく変。自分でもイヤ。でも、ドラゴンにどこか惹きつけられる。ああイヤ。何で?
午後0時半頃に、長い行列が出来た。
私が、さっと見て二十人は居られる。
「追加の食材を会社に既に頼んである。もうすぐ届くはず。それまで何とか食材は持ちそう」
これは大ヒットだ。ホームランかも知れない。思ってもみなかった。特に、外国人観光客に大受けである。
お陰で、私はほとんど休憩無しのまま昼下がりを迎えた。客足はピークを過ぎた。しかし、疲れがどっと出て来た。
「テナントの裏に共同の休憩所がある。そこでお休み」
やさしいドラゴンの言葉に、私は救われた。
「ありがとう」
結局、土曜日の閉店午後六時までに約八○○パックの売上げがあった。概算で、ながはま焼の売上げを試算すると、八○○×五○○円=四十万円となる。ここから、材料費、割り箸代、プラスティックケース代、包装紙代、テナント賃貸料を差し引いて、純利益が出る。
「明日の日曜日に備えなくちゃ」
眸の元気な声が、ほっとしているテナントの舞台裏で響いた。