出会いから結婚へ

私は学生のころからお初様に関心があったわけではない。
それどころか、お初様の存在さえ知らなかった。
私たちの時代は今のように歴女と呼ばれる歴史好きの女子はあまりいなかったし、パソコンもスマホもないので情報があふれている世の中でもなかった。
お初様のことを知ったのは、本当に偶然だった。
私は大学卒業後、京都の製薬会社に就職し1人暮らしを始めたのだが、たまたま実家に帰ったら東京にいる妹も帰ってきていて、両親が楽しみにしているドラマがあるというので4人で一緒に見ることにした。
そのドラマは豊臣家の女たちを描いた作品のようで、茶々が登場したかと思うとすぐに茶々の妹としてお初様とお江が登場したのだった。
「へ~え。この人たちって私たちと同じ三姉妹なんだ」
私が誰に言うでもなくささやいたら、父がすぐに答えてくれた。
「そうだよ。浅井三姉妹と言って有名だよ」
後は歴史好きの父がかいつまんで説明してくれたが、お初様のことは話に出てこなかった。
「やっぱり、お姉ちゃんと一緒で真ん中は地味なんだ」
いつもなら妹がオチをつけて終わるところなのだが、この時の私はいつもと違っていた。
「地味かどうかは、もっとこの人のことを知らなきゃ分からないじゃない」
「お姉ちゃん何、ムキになってるの」
「ムキになってないわよ」
ここで母がとりなしてくれたので姉妹ケンカにならずにすんだが、この時の私は少しムキになっていたのかもしれない。
お初様のことを調べるにしてもネットを開いて簡単に調べられる時代でもなかったし、足しげに図書館に通い、本の中から情報を見つけ出していった。
まず、お初様の夫となった京極高次。
この人は戦国大名としてはかなりトホホホな人なのだが、この人が夫だったから後のお初様の活躍があったのかもしれない。
もともと京極氏は北近江の守護大名で、最盛期には伊豆・隠岐・飛騨の守護も兼ねていたが、お決まりのお家騒動が勃発。
そうこうしているうちに北近江以外の土地を奪われ、北近江でも家臣の浅井氏に実権を握られ、京極氏は名前だけの存在となって、高次は浅井氏に保護されていたようなものだった。
浅井氏が信長によって滅ぼされた後は信長の元に身を寄せていたが、本能寺の変で信長が明智光秀に討たれると、何を思ったのか光秀に与みし秀吉の居城 長浜城を攻めたのである。
光秀が秀吉に敗れると、今度は越前の柴田勝家のもとに逃げ込み賊ケ岳の合戦で勝家が秀吉に敗れると進退きわまった高次は、美人の誉れ高い妹の竜子を秀吉に差し出し許しをこうむったのだ。
ここまでの京極高次はまさに「バカヤロー」だが、あまり嫌いにはなれなかった。
というのも、私はこの当時、高次と同じようなタイプの男と親しくしていたのだ。
彼の名前は中村和男。
名前からして平凡だが彼の家は元々、京都で有名な呉服屋だった。
和装離れ時代の流れで売上が落ち込み店を閉め、その当時、彼は友人の不動産会社を手伝っていた。
私たちが知り合った1988年、世はバブルだ。彼もそれなりに、羽振りが良かった。
彼と食事をしている時、ドライブに誘ってきた。
「今度、車買い換えて新車にしたし、ドライブせえへんか」
そんな金があるのなら貯金しろよ。そう言いたかったが、私は行きたい所があったのでこの誘いに乗ることにした。
「いいけど、私の行きたい所に連れて行ってくれる」
「もちろんええで。それで、どこに行きたいの」
彼は神戸がどこか、おしゃれな街をイメージしていたようだ。
「小谷城があったところ」
「小谷城?」
聞いたこともない城跡に連れて行けといわれ、彼は面くらったのか奇妙な声を上げた。
「いやなら、いい」
「別にいや違うけど、小谷城ってどこなん」
「滋賀県」
「滋賀県?」
今はそうでもないが、30年前、京都から見たら滋賀は田舎で、京都人が滋賀に行く目的は釣り・琵琶湖での水泳(京都人は湖水浴とは言わない)・ハイキングぐらいのもので、滋賀県に遊びに行くという発想はない。
「だから、いやならいいって」
「いやと違うって。小谷城って、大津にあるんか?」
「もっともっと上」
「彦根」
「もっと上」
「彦根の上って、福井県とちがうの」
くどいようだが、30年前の京都人の滋賀に対する認識はこの程度だ。
「彦根の上に米原があって、その上に長浜があって。小谷城は長浜の上、滋賀県東浅井郡湖北町にあるの」
「藤嶋さん、よう知ってるね」
私はお初様のことを調べるうちに、滋賀県のことも詳しくなったみたいだ。
現在の長浜市はその当時、長浜市・ 浅井町・びわ町・虎姫町 ・湖北町・高月町・木之本町・余呉町・西浅井町の1市8町に分かれていて2006年、2010年、2回の合併を経て今の長浜市になったのだ。
「どうするの連れて行ってくれるの、くれないの?」
「行くで、行くで、行かしてもらうがな」
私たちは6月最初の日曜日、小谷城跡に向かって車を走らせた。
もちろん当時ナビはなかったが、彼は滋賀県の地図を何種類か用意してくれていた。
「長浜まで高速に乗ろか」
「ダメ、ダメ。琵琶湖沿いの道を走って行きましょう」
長時間、運転する彼は大変だが、私はお初様が愛した琵琶湖を眺めながら小谷城跡に行きたかった。
車の中で「僕とちゃんとつき合ってくれへんか?」今日は、この言葉がくるなと感じた。
頼りなく、やることなすこと裏目にでるけど、いつも彼なりに一生懸命で気配りができてやさしい人。
京極高次もこんな人だったのかな、もしかして彼からの告白を待ってる?
長浜市内から国道365号に入り小谷城跡を目指したが、この当時は小谷城戦国歴史資料館も戦国ガイドステーションもなかったので、目標とするものがない。
私たちは迷いながら、なんとか登山口である追手道入口に着いた。
「え!これから山に登るの」
「もちろんよ。小谷城は戦国屈指の山城なんだもの」
私は最初から本丸跡まで行くつもりだったので運動靴に動きやすい格好だったが、彼はスーツに革靴だ。
何度も転びそうになりながら、大汗をかいて山道を登る彼がいとおしく思えた。
途中の桜馬場跡から見る琵琶湖と竹生島はまさに絶景だ。
20数年後ここが大河ドラマの撮影場所になるとは、この当時は知る由もなかった。
さらに山を登って行くと広い平地があり、その向こうに石垣跡が見えた。
石垣の上が本丸跡だ。
「中村君、着いたよ」
「え!城は?」
「だから、ここが本丸のあったところだよ」
「え!何もないやん。これやったらただの山登りやん」
根からの京都人の彼は城といったら、二条城あたりを想像していたのだろう。
「中村君、お城にもいろいろあるよ。ここは私が一番、来たかったところ。そこに連れてきてくれてありがとう」
「なんで藤嶋さんがここに来たかったのか、今ひとつよう分からんけど。まあ、喜んでくれるんやったら僕もうれしいわ」
やっぱり、やさしい人だ。さあいいぞ、いつでもこい。
「ちょっと僕の話を聞いてくれへん」
やっぱりきた。
「いいよ」
「ずばり聞くけど藤嶋さん結婚願望あんの」
これも今昔の話になるが、私たちの年代の女の幸せといえば、やはり結婚だ。
女が1人で生きていくのは、まだまだきびしい時代だった。
私ももちろん結婚願望はあるが、彼だけが対象ではない、ここははぐらかしておくか。
「一般論としての結婚願望はあります」
「回りくどい言い方やね。じゃ僕は単刀直入にゆうわ。藤嶋宏美さん」
「はい」
「最初に会った時から好やった。僕と結婚を前提につき合ってくれへんか」
この人こんなにはっきり自分の気持ちを言う人なんだ。
しかも、いきなり結婚ときたか。彼と知り合ってまだ3ケ月ほどだ。
最初は軽くつき合って彼の人柄を見て見ようと思っていたが、結婚を前提って彼も本気だ。
「ここでちょっと待ってて。気持を落ち着けたいから」
初めて小谷城跡にきて、いきなり彼から告白される。これも、何かの縁かもしれない。
私は大きな木の後ろに隠れ、彼から見られないようにしてから、胸の中でお初様に話しかけた。
『お初様、彼から本気の告白をされました。どうしたら、いいでしょう?』
なにも聞こえる訳ないか。私は自分の気持ちを確かめたいだけだ。
『宏美、迷うことはありません。自分の信じるとおりに進みなさい』
え、え。誰?
いきなり声がした。私のそら耳。いやそんなことはない確かに声がした。
『自分の信じるとおりに進むのです』
「誰?あなたは誰なの」
私が急に大きな声でひとり言を言い出したので、彼が心配して駆けよってきた。
「どうしたん僕だよ僕。中村和男だよ」
「違う。あたなじゃない」
「ここには、君と僕しかおらへんがな」
今の声はお初様だったかもしれないのに、うるさい男だ。
「うるさい。黙ってろ」
私にいきなり怒鳴りつけられて、彼はその場で茫然と立ち尽くした。
『お初様、お初様なんでしょう?』
私の問いかけには答えてくれなかったが、もう一度、声がした。
『自分の信じるとおりに進めば、道はおのずとひらけます』
そうだ、私は自分の信じる道を進もう。自分の人生は自分で切り開くのだ。
『分かりました。私は自分の信じる道を行きます』
『宏美。分かったのなら、行くのです』
『はい』
私は彼の方を見た。
「中村君。結婚を前提としてつきあいたいということは、私と結婚してもいいってこと」
「もちろん」
「それじゃ、結婚しましょう」
一体、さっきから何が起きているんだ。
彼は不思議な物を見るような目で私を見ていたが、私は彼を急き立てて山を下った。
「どこに行くの」
「私の実家」
私たちの目の前には、私の両親がいる。
「お父さん、お母さん。私たち結婚します」
彼が両親にお伺いを立てる前に、私が宣言した。
この時、私は25才、彼は30才。
2人とも結婚適齢期なのだが、両親は私はまだ結婚しないと思っていたようだ。
それにしても、娘はGパンにトレーナー姿、彼はヨレたスーツ姿。
彼のことを見るのも初めて、それがいきなり結婚ってさぞや両親も驚いたことだろう。

私の姉妹というと、妹は大学卒業と同時に病院の跡取り息子と結婚。
すでに、男の子が1人いる。現在は東京在住。
姉は大阪の有名企業で社長秘書をしている。まだ結婚はしておらず、社長の愛人との噂も。
もちろん子どもはいない。現在は大阪在住。
2人とも生活に余裕があり、ブランド物の服や鞄を買いあさっている。
会社員の私とは違う。

浅井三姉妹で最初に結婚したのは、三女のお江だった。
しかも賊ケ岳の合戦の翌年、お江11歳のときだった。
相手は尾張の大野城主 佐治一成、一成の母はお市の方と姉妹だったので2人はイトコになる。
城主といっても一成は織田信長の三男 織田信雄の家臣で大名ではない。
この当時、婚姻は政治手段のひとつとされていたが、この結婚にどういう政治的意味があったんだろう。
ひとつ考えられるのは、お江は三姉妹の中で一番、気が強かったのではないか。
三姉妹は父と母を自害させた秀吉を恨んだ。
お江はもっとも激しく秀吉を攻撃したので、とりあえず一番うるさいお江を嫁に出した。
一成の裏切りによる、早期離婚は予定外。
つぎに結婚したのが、お初様である。
1587年、お初様はトホホホな人 京極高次と結婚。
お初様と結婚した時、高次は今の滋賀県高島市で1万石の大名になっていた。
「秀吉様。兄を大名にしてくだされ」
「え~。あいつ、役にたたへんやん」
「いいじゃないですか。松からのお願い」
「もう~。仕方ないな~」
その頃、高次の妹 竜子は秀吉の側室になっており松の丸殿と呼ばれ、茶々が側室になるまではもっとも秀吉の寵愛を受けていた。妹のおかげで大名に?
お初様の結婚にどういう政治的意味があるのだろう。
まず、京極高次に政治的価値がない、元北近江の名家といっても落ちぶれた家で、高次個人に能力があるとも思えない。
お初様は信長の姪、お市の方の娘、相手として京極高次は役不足だ。
私はこの結婚にもっとロマンを感じている。
お初様の父と高次の母は姉弟なので、この2人はイトコになる。
賊ケ岳の合戦の時、高次は柴田勝家の元に身を寄せていた。
これらのことから考えて2人は顔見知りで、何らかの接点があったはずだ。
高次はやさしい人だったらしいから、お初様はそのやさしさに魅かれていったのかもしれない。
戦国の恋、それが本当なら素敵なことだ。
まあ、実際は秀吉が茶々と松の丸殿の歓心を買うために結婚させたのかもしれないが、
「今度、高次とお初を結婚さす。イトコやから、お互いにとっていいやろ」
茶々・松の丸「まあ、秀吉様。お気遣いありがとうございます」
これを言っちゃ身も蓋もないか。
そして、この年に茶々も秀吉の側室になったと言われている。
秀吉が三姉妹の母 お市の方に恋焦がれていたのは有名な話だ。
茶々は一番お市の方に似ていたので秀吉は最初から狙いをつけていたみたいだが、もちろん茶々は秀吉が大嫌い。
そこは天下の人たらしと言われた秀吉のことだ、時間をかけゆっくり茶々の心を開こうとした。
妹2人の結婚もその為の布石?
かたや、茶々の心情を推し測るのは大変難しい。
茶々も秀吉に好意を寄せるようになった、という話はまったく聞かない。
秀吉とのことは運命として受け入るしかなかった。
または権力も金もある爺さんだ、こうなったら利用するだけ利用してやれ。
なんせ男女の閨でのことだ。この辺の話は推測、憶測ばかりで本当のところはよくわからない。

近江屋草助
この作品の作者

近江屋草助

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov153804253750229","category":["cat0800"],"title":"\u304a\u521d\u69d8\u306b\u5b66\u3076\u771f\u3093\u4e2d\u3068\u3044\u3046\u751f\u304d\u65b9","copy":"\u85e4\u5d8b\u5b8f\u7f8e\u306f\u7f8e\u4eba\u306e\u59c9\u3068\u53ef\u611b\u3044\u3044\u59b9\u306e\u771f\u3093\u4e2d\u3001\u5730\u5473\u3067\u76ee\u7acb\u305f\u306a\u3044\u4e8c\u5973\u3002\n\u59c9\u3068\u59b9\u306f\u5b8f\u7f8e\u306e\u81ea\u6162\u3060\u3063\u305f\u304c\u3001\u30b3\u30f3\u30d7\u30ec\u30c3\u30af\u30b9\u306e\u6e90\u3067\u3082\u3042\u3063\u305f\u3002\n\u5c0f\u3055\u3044\u6642\u304b\u3089\u59c9\u59b9\u3068\u6bd4\u3079\u3089\u308c\u3001\u81ea\u5206\u81ea\u8eab\u3092\u898b\u5931\u3057\u306a\u3044\u305d\u3046\u306b\u306a\u3063\u305f\u6642\u3001\n\u6d45\u4e95\u4e09\u59c9\u59b9\u306e\u3053\u3068\u3092\u77e5\u308a\u3001\u81ea\u5206\u3068\u540c\u3058\u4e8c\u5973 \u304a\u521d\u306e\u751f\u304d\u65b9\u306b\u5171\u9cf4\u3002\n\u305d\u308c\u304b\u3089\u3001 \u304a\u521d\u3068\u5b8f\u7f8e\u306e\u4e8c\u4eba\u4e09\u811a\u306e\u4eba\u751f\u304c\u30b9\u30bf\u30fc\u30c8\u3059\u308b\u3053\u3068\u306b\u306a\u308b\u3002\n\u3055\u3066\u3001\u5b8f\u7f8e\u306f\u3069\u3093\u306a\u4eba\u751f\u3092\u9001\u308b\u306e\u304b\u3001\u304a\u521d\u306e\u4eba\u751f\u3068\u91cd\u306d\u3066\u898b\u3066\u304f\u3060\u3055\u3044\u3002\u3000\n","color":"#555567"}