黒壁スクエア、豊國神社
黒壁スクエアまではカフェから歩いて10分程。 あっという間に到着した。
パンフレットを見たから知っていたけど、沢山の店が並んでいる古い町並みを見るとテンションが上がる。
「佐野さんはどこか行きたいところある?」
「えっと、ガラス館に行きたいなぁって、それに長浜名物ののっぺいうどんを食べたいです。
、あと豊国神社に行って」
カバンの中から長浜のパンフレットを取り出して、見ながら伝える。
「じゃ、佐野さんの行きたい場所に全部行こうよ」
「いいんですか? やったぁ!
あの、友達はみんな真由美って呼ぶので、佐野さんじゃなくて真由美って呼んでもらえると、あっ、みっちゃんもね」
「わかった。 じゃ、真由美ちゃんで、俺の事は智でいいよ」
「智さんですね、了解です」
「わしはみっちゃんでなく、光成殿と呼んで欲しいぞ」
「みっちゃんはみっちゃんだよ」
もし、みっちゃんがもっと怖いイメ-ジだったらみっちゃんなんて気安く呼べないかもしれないけど、今のイメ-ジは間違いなくみっちゃんなんだもん。
みっちゃんはちょっとほっぺを膨らましたものの、仕方ないかと私がみっちゃんと呼ぶことを容認してくれた。
「光成も黒壁スクエアは初めてだよな。 真由美ちゃんと一緒に楽しみなよ」
「そうするでござる」
黒壁スクエアの入り口には沢山のガラスショップや工房が並んでいる。
「このガラス館に入ろうか?」
私が頷くと智さんはドアを開けて、私を先に中に入れてくれた。
ドアのすぐ横には大きなテディベアのぬいぐるみがあり、その隣には色とりどりの綺麗なオルゴ-ルが沢山並べられている。
「素敵でしょ?」
智さんに聞かれ、頭を上下にぶんぶんと振った。
「これがオルゴ-ルというものでござるか、なかなかいい音でござるな」
みっちゃんもオルゴ-ルに興味があるようだ。
せっかくだから自分へのお土産に買おうかな。 そう思って一つ一つのオルゴ-ルを手に取って見ていると、智さんが私を手招きしている。
「真由美ちゃん、こっちに来て」
智さんは、[オルゴ-ルデコレ-ション制作体験]と書いてある張り紙を指さした
張り紙には、曲、ガラスパ-ツを選び、世界に一つだけのオルゴ-ルを作ろうと書いてある。
「してみたいです」
「真由美ちゃんがどんなオルゴ-ルを作るのか楽しみだな」
智さんは、私がパーツを選ぶのをにこにこしながら眺めている。
私は曲は『エリ-ゼの為に』にして、海をイメ-ジするガラスパ-ツを選んで接着剤で張り付けていった。
30分ほど悩みながら完成したオルゴ-ルはとても可愛いものになった。
「真由美ちゃんのセンスいいね。 すごく可愛いよ」
オルゴ-ルの事なのに、恥ずかしくて顔が真っ赤になっている気がする。
ガラス館の次は、長浜名物の[のっぺいうどん]を食べに行く事になった。
[のっぺいうどん]とは長浜名物の巨大な椎茸が乗ったあんかけうどんだ。
長浜のパンフレットを見た時から気になっていた。
『茂美志や』さんに入ると、店内は古民家のような雰囲気。
壁には有名人のサインがずらりと並んでいる。
のっぺいうどんが運ばれてきた時、椎茸の大きさに驚いた。 つゆもうどんもすごく美味しい。
「のっぺいうどんでござるか、わしの時代にはなかったでござる」
みっちゃんはのっぺいうどんのにおいを嗅ぎながら、食べたそうにしている。
みっちゃんの時代は何を食べていたんだろう、それにどんな生活をしていたんだろう。
もっとみっちゃんの事を知りたい。
学校で戦国時代の事を勉強したはずなのに、ほとんど覚えていない自分にガッカリする。
「真由美ちゃん、どうしたの?」
私が急に黙ってしまったのが気になったのか、智さんが心配そうな顔をして声をかけてきた。
「私、もっとみっちゃんの事を知りたいです。 私、歴史に興味がなかったから戦国時代の事ほとんどわからないんですよね」
そう言うと、智さんとみっちゃんは嬉しそうな顔をして私を見た。
「わしの時代の事でござるか、それならわしが佐野殿に教えるでござる」
「俺は社会科の教師だからわからない事は何でも教えるよ」
「みっちゃん、智さん、よろしくお願いします」
「もちろんでござる、佐野殿には今の長浜の事を教えてもらいたいから、お互い様でござるな」
智さんがカバンの中から大学ノ-トを取り出して簡単な年表を書いている。
「戦国時代の主要人物、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の事は覚えてる?」
「えっと、織田信長は本能寺の変で死んで、豊臣秀吉は淀姫と結婚して、それに、徳川家康は江戸時代を作った人」
自信を持って答えたのに智さんは笑っていて、みっちゃんは呆れた顔をしている。
「まぁ、最初はそんな認識でいいよ。これから勉強していこうね。
俺が教えるというより、自分で調べて欲しいから毎日少しずつ宿題を出すね。 まずはこの年表を完成させようか?」
そういって、智さんは自分の書いた年表の間に、年だけを書いて、出来事を空欄にした場所を10ヵ所ほど作った年表を私に渡した。
「これくらいなら、調べればすぐに出来そうです」
「歴史の勉強は積み重ねだから、毎日少しずつね」
さすが先生、教え方も上手い。
「さあ、のっぺいうどんも食べたし、次は豊國神社に行こうか?」
「はい、豊國神社は豊臣秀吉さんを祀っている神社ですよね?」
「そうだよ、ってか、それも知らなかったの?」
「智さんたら! ただの確認ですよ、確認」
私が右手を左右にぶんぶん振ると、智さんはあっけにとられた顔をしていた。
「秀吉様はわしの主君ですぞ。 佐野殿しっかり覚えて下され」
みっちゃんにまで馬鹿にされた気がする。
黒壁スクエアを出て豊國神社に向かって歩いている間に、智さんが豊國神社の説明をしてくれた。
「豊國神社は秀吉の没後に長浜の町民が建立したんだよ。御祭神はもちろん豊臣秀吉だよ、で、その他に秀吉子飼いの加藤清正、木村重成も祭神として祀っているんだ。
加藤清正、木村重成って知らないかな?」
「知らないです」
「じゃ、二人の事を調べる事を今日の宿題に追加っと。
大坂夏の陣で豊臣家が滅びた後、徳川幕府は神社を取り壊すよう命じたんだよ。だけど、長浜の町民は御祭神を町年寄の家へ移しておいたんだ。八幡宮を移築して恵比須神を前立にして、奥殿に秀吉像をひそかに祀ってたんだ。
明治31年の秀吉の300回忌に社殿を造営して、やっと現在の社殿が整ったんだ」
「智先生、凄いですね! 年代まで暗記しているんですか?」
「社会担当だし、元々歴史が好きだからね」
「長浜の町民が秀吉様の神社を守ったのだな」
みっちゃんは感慨深そうに頷いている。
「みっちゃんは豊臣秀吉に仕えていたの?」
「そうでござる。 秀吉様に受けた恩を返そうと、憎い家康を倒そうとしたのだが」
「真由美ちゃん、今、光成が話しているのは関ヶ原の戦いの事だよ」
「関ヶ原の戦い、聞いた事があります!」
「はい、じゃ、関ヶ原の戦いについても調べる事」
智さんがどんどん宿題を追加していく、みっちゃんの事を知るためだから家に帰ったら頑張って調べなくちゃ。
「了解です」
「真由美ちゃんはやる気があるから、俺も嬉しいよ」
にこにこ笑っていた智さんの目が豊國神社の駐車場に着いた途端に険しくなった。
「光成どう思う?」
「10体でござるな、 長野殿ならこの程度余裕でござろう」
2人の視線の方を向くと、見るからに落ち武者とわかる霊が智さんの方に近づいてきている。
「真由美ちゃん、落ち武者達の霊が俺と光成を襲おうとしているんだ。 すぐに済むから少し離れて」
「わかりました」
幸い駐車場には誰もいない。
すぐに智さんから離れ、車の後ろに隠れて振り返ると、智さんが九字を切っているのが見える。
智さんが九字を切り終わった途端、智さんの側に集まっていた落ち武者の霊達がすごい形相をして消えていった。
「長野殿、やはり前より力がついているでござるな」
「光成のおかげだろ。 俺一人ではここまでの力はないよ」
凄すぎる。
「真由美ちゃん、もう大丈夫だよ」
智さんはそう言って笑いながら近づいてくた。
「早すぎです!」
「ああ、光成が側にいてくれると、俺のお祓い能力が増大するらしいんだ。 光成のおかげだよ」
「わしは天から悪霊を成仏させる使命を受けているでござる。 長野殿のおかげで助かっているでござるよ」
みっちゃんが長野さんの側にいるのは偶然じゃなくて、使命を果たす為だったのね。
そういえば、智さんを最初に見た時も、智さんは女性に憑いていた霊を祓っていた。
駐車場を抜けて豊國神社の中に入ると、みっちゃんの口数が少なくなっていく。
「光成、大丈夫か?」
「秀吉様の事を思い出して涙が出そうになってきたでござるよ」
そっか、みっちゃんにとって豊臣秀吉は主君なんだよね、いろんな思い出が蘇っちゃうのかな。
「きっと、秀吉も光成が来たら嬉しいと思うよ」
「そうだと良いのでござるが」
「みっちゃん大丈夫だって、きっと秀吉さんはみっちゃんが来てくれて喜んでるよ」
「佐野殿、ありがとうでござる」
みっちゃんは参拝しながら涙を流していて、智さんの肩から降り長い時間本殿の前で佇んでいた。
「あっちに稲荷神社もあるんだって、みっちゃん参拝してこようよ」
少しでもみっちゃんに元気になって欲しくて声をかけると、みっちゃんは心の整理がついたのか、笑顔で私を見ると智さんの肩の上に乗った。
「じゃ、行くか」
智さんが歩き出したので、私も後に続く。
稲荷神社を参拝している時のみっちゃんはいつものみっちゃんに戻っていた。
私はみっちゃんの事を何も知らない、もっとみっちゃんの事を知って寄り添えるようになりたいと思う。
豊國神社を出ると、4時を過ぎていた。
「真由美ちゃんと知り合えて楽しかったよ。 また会おうね」
智さんはそう言うと、右手を私の前に出してきた。
「私こそ、あのまま帰っていたらきっと家でずっと泣いてました。
智さんとみっちゃんのおかげで彼氏の事は吹っ切れたし、元気になれました。
本当にありがとうございました」
あのまま家に帰っていたらと思うと、考えるだけで暗くなる。
振られたショックもいつの間にか和らいでいた、今は智さんとみっちゃんに会えた事が本当に嬉しい。
智さんの手に私の手を重ねると、智さんの優しさが手を通して伝わってくる。
長浜駅から智さんの降りる近江八幡まで隣の席に座る。
智さんが出してくれた宿題の確認と、ライン交換をしていたらあっと言う間に近江八幡に着いた。
「宿題は明日ラインで提出ね。 じゃ、また!」
智さんが手を振りながら電車を降りていくのを、少し寂しい気持ちで見送った。