長浜城歴史博物館
智さんと会った日から一週間が過ぎた。
最初の2.3日は拓也さんの事を思い出して悲しくなったりもしたけど、智さんとみっちゃんと知り合えた事ですぐに立ち直れた。
大学の宿題を終えた後、智さんと約束をした宿題をするのは正直大変だったけど、宿題を提出した後、智さんと電話で答え合わせをするのが楽しくて毎日続いている。
宿題のおかげで、智さんと毎日話せるのは本当に嬉しい。
智さんは最初に会った日と変わらず、いつも優しく話しかけてくれる。
先生口調で話すから、子供扱いされているようで気になるけど、それはそれでいろいろ教えてもらえるからいいかなと思っている。
「真由美ちゃん、次の日曜日、良かったら長浜城歴史博物館に一緒に行かない?
光成も真由美ちゃんに会いたがっているし」
「ちょっと待って下さいね、スケジュ-ル帳で予定がないか確認しますね。
あっ、日曜日は予定ないです。 ぜひ行きたいです」
本当は拓也さんに振られたから予定なんてなかったけど、一応忙しい女の振りをしてみた。
「良かった、光成も喜ぶよ。 じゃ、スケジュ-ル帳に予定を入れておいて」
「わかりました」
日曜日までの5日間がとて長く感じられる。
日曜日は毎日晴れるようにお祈りをしていたおかげなのか晴天。 昨日、大学の友達の美由紀にデパ-トに付き合ってもらって3時間かけて選んだ服を着て出発。
長浜駅で9時に待ち合わせ。 私が石山を7時48分の電車に乗れば、8時43分には着く。
たぶん、智さんも一緒の電車に近江八幡から乗ってくるはず。
今日は絶対に遅刻しないと誓って家を出る2時間も前に起きたのに、なぜか走って駅に向かっている。
ギリギリセ-フで予定の電車に乗ることが出来てほっとした。
「電車乗りました」
とラインを送ると、やはり智さんも同じ電車に乗る予定だと返信がきた。
もうすぐ智さんとみっちゃんに会えると思うと顔がにやけてくる。
近江八幡から智さんとみっちゃんが乗って来て、私の隣に座った。
「真由美ちゃんおはよう」
「佐野殿、おはようでござる」
「智さん、みっちゃんおはよう」
2人が笑顔で声をかけてくれるから、私も笑顔になる。
「真由美ちゃん、いつも宿題頑張ってるね。 もう戦国時代はばっちりかな」
「まだまだです。 勉強すればする程もっと知りたくなります」
「それは良い心がけでござるな」
みっちゃんたら、上から目線なんだから!
ちょっとむっとしたけど、確かみっちゃんが亡くなったのは41歳だったからまあ仕方ない。
長浜駅に着くまで、また智さんとみっちゃんによる勉強タイム。
今は最初に会った時とは違って、大体答える事が出来るようになっている。
私、毎日宿題を頑張っているもんね。
「真由美ちゃん、ほとんど理解出来てるね」
「智さんとみっちゃんのおかげです」
褒められると嬉しくてにこにこしながら話をしていたら、あっと言う間に長浜に着いた。
「そういえば、どうして長浜城歴史博物館に行く事になったんですか?
確か、智さんとみっちゃんが初めて会ったのが長浜城歴史博物館ですよね」
「そうだよ、よく覚えているね。
光成がもう一度長浜城歴史博物館に行きたいと言ったからね」
「長浜城歴史博物館にいると、あの時代に戻ったようで落ち着くのでござる。
秀吉殿との懐かしいあの時代に」
みっちゃんの寂しそうな目を見ていると、智さんはみっちゃんの願いを叶えてあげたくなったんだろうな。
その気持ちが私にもわかる。
「さあ、着いたよ。 っと、まただ」
長浜城歴史博物館に着いた途端、智さんがため息をついた。
智さんの視線の先を見ると、また10体程の武士の姿をした悪霊たちが智さんの周りに集まってきている。
「長野殿、あの者たちを成仏させてやって欲しいでござる」
「わかってるって、真由美ちゃん、すぐに終わるから少し離れていて」
智さんはそう言うと、いつもの優しそうな智さんの顔ではなく、怖いくらいの顔になって、すごい迫力で九字を切り始めた。
智さんが指をさすと、悪霊は断末魔を叫びをあげながら消えていく。
悪霊の最後の姿は夢に出てきそうで怖い。
「真由美ちゃん、怖い思いをさせてごめんね。 もう大丈夫だよ」
途中から怖くて下を向いていた私に智さんが声をかけてくれた。
「良かった。 ってめっちゃ早いですね。 智さんはお祓いをするのって怖くないですか?」
悪霊の断末魔を思い出し聞いてみた。
「怒りや恨みで成仏する事が出来なかった霊達を、いるべき世界に返してあげるのが俺の仕事なんだ。
悪霊と戦うのが怖くないと言えば嘘になるけど、お祓いをするのは俺の使命だから」
智さんは真面目な顔で言う。
なんて大変な使命なんだろう。
私が少しでも智さんの心を癒せたらいいなと思う。
長浜城歴史博物館に入ると、みっちゃんは昔を思い出すようにじっと展示物を見ている。
「どうしてみっちゃんは長浜城歴史博物館が気になるんでしょうね?」
「えっ、真由美ちゃん、長浜城歴史博物館について調べてないの?」
今でも、智さんに出された宿題はしているものの、その中には長浜城歴史博物館に関するものはなかったから全く調べてない。
「はい、調べてなかったです」
申し訳なさそうに答えると、智さんは仕方がないなぁという顔をして、入口でもらったパンフレットを開いた。
「長浜城歴史博物館は豊臣秀吉が最初に建てた長浜城の跡地に、安土桃山時代の城郭を模して造られたんだよ」
ああ、だから、みっちゃんはここが好きなのだ。
みっちゃんの豊臣秀吉への思いが伝わってくる。
「光成、そろそろ移動しょうか?」
智さんがみっちゃんに声をかけたけど、みっちゃんには聞こえていないようだ。
智さんはもう一度、みっちゃんに話しかけた。
「わしはもう少しここにいるでござる。 ゆっくり秀吉様との思い出に浸りたいから、長野殿は佐野殿と一緒に見てきてもかまわないぞ」
「じゃ、先に行くよ。 光成はのんびりしておいで」
智さんはみっちゃんに声をかけた後、私の手を取って歩き出した。
智さんの手の温かさが伝わってきて、どきっとする。
智さんは誰とでも手を繋げるのかな。
そんな事を考えながら手を見ていると、それに気づいた智さんがはっとして手を離した。
「ごめん、つい手を繋いじゃった」
「いえいえ、女性慣れしているんだなぁと」
ちょっと嫌味っぽい事を言っちゃったかなと思っていると、智さんは困った顔になった。
「女性というか、俺のばあちゃんに認知症があって、手を繋いでいないと迷子になってしまうから、つい」
「あっ、そうだったんですね。 私ったらごめんなさい」
嫌味っぽい言葉を言ってしまった事を謝り、私から手を繋いだ。
智さんの優しさに触れた気がして嬉しかったから。
智さんは一瞬えっ、という顔をしたけど、すぐににこっとして歩き出した。
私、智さんが好きなんだ、この時初めて自覚した気がする。
智さんは私の事をどう思っているのかな、妹のような存在? みっちゃんが視えるから仲間のように思っているとか、
好きだと自覚するまでは感じなかった不安が胸をよぎる。
「真由美ちゃん、光成がいるよ」
智さんの事を考えて上の空だった私に、智さんが話しかけてきた。
「えっ?」
「ほら。ここからは光成の展示がされているよ」
慌てて智さんの指す方を見ると、ちょうど2階の展示室では『石田三成展』が開催されていた。
「これがみっちゃん」
時々みっちゃんに関する宿題が出ていたから、みっちゃんの事を勉強していたけど、展示を読み進めていると、自分がほとんどみっちゃんの事をわかっていなかったんだと思い知らされた。
この展示室には、みっちゃんが豊臣秀吉と知り合った時の事から、関ヶ原の戦いでみっちゃんの西軍が負け、みっちゃんが斬首された時の事まで詳しく展示されていた。
もし小早川秀秋が裏切らなかったらどうなっていたのだろう、西軍が勝った可能性はあったのだろうか。
みっちゃんの気持ちを考えたら、後から後から涙が溢れてきた。
みっちゃんが今、一人でいたい理由がわかった気がした。
「光成は確かに最後の時は可哀そうだったと思うけど、それでも戦国という時代を必死で生きてきたんだ。
俺は光成を尊敬しているよ」
智さんの言葉が胸に刺さる。
そうだよね、可哀そうと同情しちゃいけない、みっちゃんは自分の人生を生きてきたのだから。
智さんの言葉に頷くと、智さんは優しい目で私を見ていた。
「俺は真由美ちゃんには光成の全てを知って欲しいと思ってる。
もちろん、光成もそう思っていると思うよ。
この展示は光成の立場で見るとつらく感じることも多いけど、真っすぐに見つめて欲しい」
「わかりました」
ハンカチで涙を拭きながら答えた。
もう一度、展示室の入り口に戻り、最初から順番に展示を見ていくと、みっちゃんの凄さが伝わってくる。
この展示には石田三成への愛情が込められていることもわかる。
徳川家康側から見れば、石田三成は敵だった。
歴史は一方の側からだけ見てはいけないのだ。
石田三成展だけで1時間以上もいた事は、歴史に興味がなかった私にしてはすごい事だった。
3階の展示まで全てを見終わった時には3時を過ぎていた。 その間みっちゃんには会わなかったから、みっちゃんは私たちよりゆっくり見て回っているのだろう。
私でもこんなに感じる事があるのだから、みっちゃんが遅いのは仕方がないかな。と思いつつ、智さんと話していたらさらに30分が過ぎたので、智さんと一緒にみっちゃんを探しに行く事になった。
「みっちゃん、2階にいるかもしれませんね」
「自分の展示だからね、離れられないよな」
再び2階に上り、展示室の中を探すとやはりみっちゃんはいた。
豊臣秀吉とみっちゃんの肖像画の前ででじっと立っているみっちゃんを見ると切なくなるけど、幸い周辺には誰もいなかったのでわざと明るく声をかけた。
「みっちゃん、そろそろ行こうか?」
「佐野殿、遅くなって申し訳ないでござる」
「大丈夫だよ、私もみっちゃんの事をいっぱい知ることが出来たよ」
「佐野殿はワシの事をどう思ったでござるか?」
「みっちゃんは戦国時代という時代を精一杯生きたんだと思ったよ」
みっちゃんが真面目に聞いてきたので、私も真剣に答えるとみっちゃんはふっと笑った。
「長野殿と佐野殿があの時代に生きていれば、一緒に戦えたかもしれないでござるな」
「そうだね」
みっちゃんの西軍につけば、殺されていたかもしれないけどそれでもいいと思った。
みっちゃんはそれ以上は何も言わず、智さんの肩に乗った。
「光成、疲れただろ、ゆくくり休んでいたらいいよ」
智さんが声を掛けると、みっちゃんは智さんの肩の上で目を瞑った。
こうして寝ているみっちゃんはとても可愛い。 もし私がみっちゃんの立場だったら、ここには来れなかったかもしれない。
「光成にとって、長浜城歴史博物館は豊臣秀吉に会える最高の場所であるとともに、つらい過去と向き合う場所なんだろうね」
「わかります。みっちゃんがこここに来たいなら、私いつでも付き合うつもりです」
そう言うと、智さんは微笑んでくれた。